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.国際  投稿日:2024/7/22

コミュニティの、コミュニティによる、コミュニティのための蒸溜所 ~社会還元型ビジネスモデルを推進するスコッチウイスキー蒸溜所~ その2


ケリー狩野智映(フリーライター/翻訳者/メディアコーディネーター)

【まとめ】

・海外への販路拡大など躍進する中で、最大の課題は資金繰り。

・「コミュニティ蒸溜所」として教育、文化、起業の分野に助成金を提供している。

・現在は生産能力の向上やインフラ補強を目的に3回目のクラウドファンディングを実施中。

 

クラウドファンディングによりコミュニティ蒸溜所として創設されたグレンウィヴィスは、環境に配慮した蒸溜所でもある。

居を構える農場内に設置された風力タービンと水力発電機、そして太陽光パネルで年間最大65000kWhの電力を発電し、不足分は電力会社から調達した再生エネルギーで賄う。そして蒸溜の熱源となる蒸気は、一般的な重油ボイラーではなく、地元産のウッドチップを燃料とする高効率バイオマスボイラーで生成している。

■ 原酒熟成中の収入源

そのグレンウィヴィス蒸溜所がウイスキー製造を開始したのは2018年1月のこと。そして翌月の2月に最初のニューメイクスピリッツ(樽で熟成させる前の蒸溜液)が樽詰めされた。

だがスコッチウイスキーは、最低でも3年間オーク樽で熟成させることが法律で義務付けられている。その間の収入を確保するために、すぐに商品化できるジンを製造・販売するクラフト蒸溜所は多く、グレンウィヴィスもそのひとつだ。

「善意」のほか「顧客誘引力」の意味も持つグッドウィル(Goodwill)という銘柄でグレンウィヴィスが2018年に販売を開始したクラフトジンは、外部から調達したベーススピリッツに地元産のサンザシの実を含む9種類のボタニカルを浸して再蒸溜したもの。

のちにシェリー樽やバーボン樽で最大1年間熟成させたバージョンもリリースし、インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)で数々の賞を受賞している。

▲写真 すぐに商品化できるクラフトジンは重要な収入源になる 提供:グレンウィヴィス蒸溜所

■ シングルモルトウイスキーのリリース

最初のシングルモルトウイスキーをリリースしたのは2021年12月。熟成年数の浅い、「若い」シングルモルトウイスキーであるが、驚くほどのなめらかさとバランスのとれたフルーティーな味わいで高い評価を受けている。

そして昨年2023年末、オロロソシェリー樽で5年間熟成させたシングルカスクエディション(単一の樽の原酒のみを瓶詰めしたもの)146本をメンバー限定でリリースしたところ2分で完売となり、ウェブサイトがクラッシュするほどの人気ぶりだったとか。

▲写真 現在販売されているバッチ01/19は、バイオマスボイラー燃料庫の火災で生産量が激減した2019年に蒸溜されたもの 提供:グレンウィヴィス蒸溜所

2021年には操業開始から3年目にして営業利益を実現するという快挙を成し遂げ、2022年にはドイツ、その翌年には日本、ニュージーランド、オランダへの販路も開けた

■ 課題は資金繰り

頼もしい躍進ぶりだが、当面の最大の課題はやはり資金繰りだという。

「ウイスキー製造は非常にお金のかかる事業です。莫大な資本を持つ大手グループが後ろについている蒸溜所と違い、コミュニティ蒸溜所であるグレンウィヴィスでは資金が限られています。すべての支出をメンバーに対して説明し、正当化せねばならず、一銭たりとも無駄にはできない。でも品質は絶対に犠牲にしない。ですから、より賢いやり繰りが求められます」とマクリッチー氏。

英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)の影響も厳しい。グレンウィヴィスが輸出を開始したのはブレグジット後の移行期間が終了した2020年12月31日の後であったため、長年EUに輸出してきた他の蒸溜所のように直接的な打撃は被っていない。だが、それまでに準備してきたEU輸出のためのロジスティクスを完全に見直すことを余儀なくされ、短期間で実に多くのことを学ばなけれなならなかったという。

そして、ジンとウイスキーのガラスボトルはすべてEU圏から調達しているため、そのコストはブレグジット前と比べて大きく増加した。それでも国内に適切なソリューションがないのが現状だ。

さらに、ブレグジットに伴う関税・通関の復活は、EU圏内のメンバーの特典にも大きく影響し、コスト上の問題から特典であるジンやウイスキーのボトルを送ることがほぼ不可能になってしまった。そして直営オンラインショップは、英国内の住所への配送のみを対象としている。

■ コミュニティ蒸溜所としての使命の遂行

それでもグレンウィヴィスは、「コミュニティ蒸溜所」としての使命を忠実に遂行している。

教育、文化、起業の分野におけるイニシアチブに資金を提供し、周辺地域の発展に貢献することを目的に、2022年に「グッドウィル基金」を立ち上げた。

オンラインショップでの売上げの5%をその資金に割り当て、慎重な審査を経て選出された上記3分野でのイニシアチブに、これまで総額3万英ポンド(約620万円)の助成金を提供している。

「来年からは、環境問題に関するイニシアチブも助成金の対象となります」とコメントするのは、グッドウィル基金事務局長のジョック・ラムジー氏。

環境に配慮したコミュニティ蒸溜所が、周辺地域の環境への取り組みを援助するというのは、まさにその存在意義の実践と言えよう。

▲写真 グッドウィル基金事務局長のジョック・ラムジー氏は元一般開業医:筆者撮影

輸出とカスク(原酒樽)販売からの収益が拡大したのを受け、グッドウィル基金の新たな資金調達モデルを模索中とのことだ。

■ 新たなクラウドファンディング

グレンウィヴィスは現在、原酒熟成のための保税倉庫の増設、2025年からの生産能力の拡大、一貫した電力と仕込み水を確保するためのインフラ補強、ビジターエクスペリエンスの提供、そして小規模なボトリング設備の導入を目指して200万英ポンド(約4億1300万円)の追加資金を募るため、第3回目のクラウドファンディングを実施している。

今年3月にスタートしたこのクラウドファンディング第3弾は、この記事を執筆した7月中旬の時点で、131人から10万8310英ポンド(約2230万円)の資金を集めている。締め切りは今年の12月31日。興味のある方はこちらをどうぞ:Own a part of Highland distilling history – a Community shares crowdfunding project in Dingwall by GlenWyvis

発起人であったマッケンジー氏は2019年に取締役員を辞任したが、蒸溜所の経営陣は優れたビジネス感覚と経験を有するメンバーで補強され、これまで以上に素晴らしいウイスキー造りとコミュニティへの貢献にコミットしている。

コミュニティの、コミュニティによる、コミュニティのための蒸溜所。社会の分断があちこちで見られる今のご時世に、颯爽と流れるそよ風のようだ。今後の発展を見守っていきたい。

●グレンウィビス蒸溜所のHP:https://glenwyvis.com

その1こちら。全2回)

トップ写真:熟成樽が並ぶ貯蔵庫(筆者撮影)




この記事を書いた人
ケリー狩野智映フリーライター/翻訳者/メディアコーディネーター

大阪生まれ。1994年関西学院大学法学部政治学科を卒業後に渡英し、英国バーミンガム大学にて修士号取得。1995年渡仏。1999年ルノー本社広報部に入社し、数々の国際的な企画に従事。2006年アルストム・ホールディング広報部入社。スポンサリング&イベント担当。2008年に英国に戻り、フリーの翻訳者、コピーライター、メディアコーディネーターとして活動。2020年スコットランド北部ハイランド地方に居を移し、2022年よりフリーライターとして日本の様々な媒体に寄稿している。

ケリー狩野智映

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