日中関係の再考 その3 両国の類似とは
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日中両国間には多くの類似点や共通項がある。
・多数の日本国民が中国に滞在している事実は、日中両国の絆の結果だといえる。
・中国側から日本側への敵対的な言動は、両国関係において日本側にとっての最大の懸念の対象である。
日本と中国とのいまの関係を特徴づけてきた。だが日中両国はそもそもどんな間柄にあるのか。両国の関係の全体を俯瞰してみよう。大局的、歴史的な特徴づけともいえる考察としたい。
日本と中国との間には当然ながら多くの類似点、共通点がある。プラスとマイナスに分ければ、プラス、あるいは前向きとも呼べる共通項である。その骨子を大まかに列記してみよう。
まず第1は人種や民族の類似である。
日本人も中国人も当然ながら人種としてはアジア系である。同文同種という言葉に示されるように、人種は同じだといえる。民族としては異なるがきわめて似ている。
私自身、中国に2年間住んでみて、人の集団に入れば、中国人から同じ中国人だとみられる、という感じが強かった。この実感は同じアジアでも、ベトナムやタイなどでは経験したことがなかった。これらの国々では私は明らかに現地の人とは異なる外国人としてみられた。ところが中国では会話でも始めない限り、一見では同じ中国人とみられたといえる。
第2は文化の共有である。
中国での文字が日本に渡り、漢字として日本語の筆記部分の母体となったことは周知の事実である。これまた同文同種という言葉の前半が示している。日本では中国語の導入も多い。起承転結、温故知新、臥薪嘗胆など、どうみてもルーツは中国という言葉が多数、日常でも使われている。
日本の昭和とか明治という年号にしても、いまの令和まではみな中国の古典からの導入だったという。令和が初の純日本起源の年号だというのだ。明治時代以降は欧米からの文物がまず日本に入り、そこから日本で訳された漢字名が中国に渡ったという事例も多かった。
第3は地理上の近似性である。
日本も中国も同じ東アジア地域に位置する。一衣帯水という言葉が象徴するように隣国同士なのだ。このことをもって「日中両国は引っ越しのできない関係」だと評する向きも多い。日本の自民党の親中派領袖の二階俊博氏の好きな言葉だ。同氏の場合、だから日本側は中国の要望に前向きに応じるべきだという主張が伴う。
だが全世界を見回すと、隣国だからこそ激烈な紛争を続ける諸国が多い。インドとパキスタン、イスラエルとアラブ諸国などである。とはいえ日本と中国は地理的に近いという理由で人間の往来など絆が強まるという側面もあった。
第4は協力の歴史である。
中国で清朝が終末に近づき、国民党が近代国家へと進むために断行した辛亥革命では、その指導者の孫文らを日本側が支援した。当時の中国の若者たちの間では日本への留学を求める傾向も強かった。
第二次大戦後も日本側は日中友好という大標語の下に、さまざまな協力の手を中国側に差し伸べた。ODA(政府開発援助)という名の巨額の経済援助はその最大例だった。日本側ではいまも日中友好議員連盟など7つの対中友好団体が存在し、活動している。
第5は経済の互恵関係である。
日本と中国とは近年、経済の絆を大幅に発展させてきた。現在の日中関係では共通の部分という場合、この経済関係こそ最大の要素だといえよう。
日本にとって中国はアメリカと並んで長年、最大の貿易相手である。14億人という人口の巨大市場が隣国に存在する事実は日本の輸出企業にとって魅力であることはいうまでもない。同時に日本の企業が中国領内に生産拠点を築くという直接投資も日本と中国の両方の経済発展に貢献してきた。日本側も中国からの輸入品に依存しなければ機能できないという分野も少なくない。
以上のような共通項のために、日本には2024年現在で80数万人の中国人の長期滞在者が存在する。日本の在留外国人総計340万人のなかでも中国人は最多数なのだ。その大多数は実際の永住とみてよいだろう。
他方、中国の国内にも約10万人の日本人が滞在している。大多数が企業の駐在員や留学生で、永住という事例はきわめて少ない。それでもなおこれだけ多数の日本国民が常時、中国に滞在している事実は日中両国の絆の結果だといえよう。
現在の日中関係について、この連載ではまず両国間の摩擦や対立という側面の具体的事例に光を当ててきた。日本側からみて中国側からの一方的ともいえる敵対的な言動は、明らかにいまの両国関係では最大の懸念の対象なのだ。
しかし、それでもなお日中両国間にはこの回で紹介した類似点や共通項が存在するのである。だからこそ、日中関係の健全な保持というのは難しいともいえる。類似が相違と錯綜して複雑多岐な関係を生みだしているからである。
トップ写真:紫禁城 出典:wenpu wang/ Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。