日中関係の再考 その2 中国の敵対的な言動
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国は日本に対しては多層な悪意や敵意を抱き、その背後には日本という国家への威圧や侵害の意図を有する構図が浮かんでくる。
・いまの日本と中国との間で起きてきたトラブルの類はみな中国側からの言動なのである。
・日本政府はあたかも上記の中国側の日本への敵対的言動がないかのように、中国側にすり寄るような姿勢を見せ始めたのである。
日中関係を2024年夏という時点で見直すためには、いま日本と中国の間で具体的になにが起きているかの再考察が必要だろう。日本側からの視点という前提で、中国側が最近、日本に対して仕かけてきた言動をみよう。
第1は、中国の武装艦艇による日本固有の領土、尖閣諸島海域への恒常的な侵入である。
中国人民解放軍の傘下にある中国海警局の武装艦艇が文字通り、連日のように日本の領海やそのすぐ外側の接続水域に無断で侵入してくる。中国側は周知のように尖閣諸島を自国領土だと主張する。その主張には根拠がなく、国際的にみても「現状を武力で変えようとする暴挙」である。だが中国側はすでに尖閣諸島が自国領であるかのように平然と不法侵入を重ねるのだ。
第2は、中国政府による日本の水産品の輸入の一方的な全面禁止である。
中国政府は2023年8月、日本からの水産物の輸入を全面禁止した。日本側による廃炉になった福島の原子炉の処理水放出に対して、その水が汚染水だと一方的に断じての措置だった。この処理水になんの汚染もないことは国連機関の国際原子力機関(IAEA)やアメリカ政府の食品医薬品局(FDA)が公式に認めていたにもかかわらず、だった。
第3は、日本駐在の中国大使による日本への軍事攻撃の脅しである。
中国の日本駐在の呉江浩大使はこの5月末、東京都内の中国大使館での日本側各界の代表たちとの会合で、日本がもし台湾有事にかかわるなど、台湾支援の一定限度を越える行動に出れば、「日本の民衆は火の中に連れ込まれる」と言明した。明らかに軍事的な恫喝だった。その背景には中国の軍事専門家集団が2021年7月、台湾有事で日本の自衛隊が出動すれば、中国は日本本土に核ミサイルを撃ちこむというシナリオを描いた動画を発表した事実がある。
第4は、中国当局による中国領内での日本企業駐在員の一連の逮捕である。
中国外交部の報道官は今年3月の記者会見で日本のアステラス製薬の中国駐在の日本人社員がすでに一年近く中国当局に拘束、逮捕されていることを発表した。その容疑は「反スパイ法違反」だという。だがその具体的な内容は一切、秘密のままだった。中国ではこの法律が制定されて以来、日本人がこれまで合計17人が逮捕されてきた。この措置は被疑者側の権利を無視する不透明、不公正な抑圧である。
第5は、中国人の集団が今年5月、靖国神社の石柱に落書きをした事件である。
東京地検は靖国神社の神社名を刻んだ石柱に赤いスプレーで「Toilet(便所)」と大書した中国籍の29歳の男を起訴した。この男は他の2人の中国人とともに、落書きをして、器物損壊と礼拝所不敬の罪状で摘発された。靖国神社への意図的な侮辱だった。他の2人の容疑者はすでに中国に帰国していた。中国一般が政府の政治教育により日本の靖国神社を敵視するという背景が改めて注視された。
以上の5つの具体的な実例は中国側の官民での日本への敵意を示すといえよう。第1の事例は領土侵害、第2の例は経済威迫、第3は軍事恫喝、第4は日本企業抑圧、第5は日本の戦没者の冒涜と、総括することができる。
これらの具体例をみると、中国の政府も人民も日本に対しては多層な悪意や敵意を抱き、その背後には日本という国家への威圧や侵害の意図を有する、という構図が浮かんでくる。中国政府が日本政府との間で合意するとする「戦略的互恵関係」という響きのよい標語とはあまりにかけ離れた現実だといえる。
当然ながら日本側は中国に対して同じような行動や措置はまったくとっていない。中国の固有の領土に不当に侵入することはない。中国からの産物を一方的に輸入禁止にするような措置もとっていない。まして軍事的な恫喝などあるはずがない。さらに日本国内にいる中国企業の駐在員を容疑を公表せずに逮捕など決してしない。また日本国民が中国領内の国民的追悼を表す施設に侮蔑的な落書きをするはずがない。
要するにいまの日本と中国との間で起きてきたトラブルの類はみな中国側からの言動なのである。その結果、日本の国民の間での中国に対する認識や感情は当然ながら悪化の一途をたどる。「日本側はなにも敵対的な言動をとっていないのに、一体なぜ?」という疑問でもある。だから最近の日本側の世論調査では中国への警戒や不信を感じるという人が圧倒的な多数となっている。
だが日本政府、そして自民党は国民レベルでのそうした現実を無視するかのように、あたかも上記の中国側の日本への敵対的言動がないかのように、中国側にすり寄るような姿勢を見せ始めたのである。この動きは一体、なぜなのだろう。
(その3につづく。その1)
トップ写真:中国・青島で開催された西太平洋海軍シンポジウムのオープニングで、中国空母を映したPLA海軍のビデオを見る参加国の海軍将校たち(2024年4月22日)出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。