[安倍宏行]<NHKの小保方『偏向』番組に違和感>小保方サイドの不正が前提の「テーマありき」番組は「やりすぎ」
安倍宏行(ジャーナリスト)
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7月27日夜、NHKスペシャル「調査報告STAP細胞不正の深層」を見た。STAP論文問題で小保方晴子氏を追いかけまわして、全治2週間のけがを負わせたNHKが満を持して制作したものである。
結論から言うと、かなり偏向している、という印象だ。
現段階で、事実はまだ闇の中、つまりSTAP細胞が本当に存在しないのか否かはまだ証明できていない。しかし、番組は論文がいかに不十分であり、その作成に理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)の笹井芳樹・副センター長が深く関与し、しかも論文自体がかなりずさんなものであったことを強く印象付けた。
論文検証には番組側が声をかけた複数の科学者が行ったが、そうそうたるメンバーなのだろうが、彼らがどのような基準で選ばれたのか、その公平性はどう担保されているのか視聴者には全くわからない。
また、理研は既に小保方氏が実験に使ったマウスは、共著者の若山照彦山梨大学教授が提供したマウス由来だった可能性は否定できないとの発表をしているが、それを強く裏付ける留学生なる人物の電話インタビューも流していた。この人物も誰なのか今一つはっきりしない。
番組全体を通して「小保方氏と笹井氏が論文をねつ造した」というトーンで制作されているが、現時点では「やりすぎでは」と感じる。この問題は科学的知識がないと理解は難しく、1時間弱の番組で検証しきれるものではない。今回NHKは小保方氏に対する過熱取材を強行したことで、今後小保方サイドの取材を受けることが極めて難しくなってしまった。
番組は「テーマありき」であったろうし、放送日時が既に決まっていたことから現場のディレクター、記者に焦りがあったことは間違いないだろうが、バイクによる追跡チーム編成、複数のカメラでホテル内を追いかけまわしたことが事実ならやはり行き過ぎであろう。
いずれにしても、視聴者にとっては、理解が深まったというより「小保方氏サイドの不正である」との印象だけが残った番組だった。引き続き取材を重ね、同番組による継続報道を強く望みたいところだ。
一方で、アメリカにおける、学術論文の不正を防止する官民の取り組みについてのパートは非常に興味深かった。人は間違いを犯すもの、という性悪説に立ち、過去の論文ねつ造の事例を若い研究者に議論させ、ねつ造を行わないような研究者に育成するプログラムなどは日本でも採用すべきだろう。
また、科学論文のデータベースを国家レベルで一元管理し、論文のデータの取り違え、不正使用などを公的かつ公正な立場でチェックしていることも紹介されたがこれも極めて示唆に富む内容だった。
重要な学術論文がねつ造されたなら、作成者の動機の解明は無論必要なことだが、未然に不正が起きないようにする仕組みをどう構築したらいいのか提言することもメディアの役割だろう。
今年初め、医療の産業化に官民挙げて取り組むオランダの例を紹介したが、日本も同じ道を歩んでいる。単に経済的利益の追求という観点からだけではなく、難病の克服、膨れ上がる医療費の削減という観点からも、先端医療の産業化は必要不可欠だ。
今回の事件でそのスピードにブレーキがかかるようにならぬよう、慎重な対応が、産官学全体に求められる。
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