斬首作戦と兵士の反抗に怯える金正恩
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・尹錫悦大統領の演説を受け、金正恩は北朝鮮の核兵器を守るためあらゆる手段を使うと脅迫。
・韓国合同参謀本部は金正恩をターゲットとした警告発表、CIAは北朝鮮情報提供者募集キャンペーン開始。
・金正恩の護衛強化や軍人逮捕が相次ぎ、体制への不満や緊張高まる。
韓国の尹錫悦大統領が、「国軍の日」記念演説(10月1日)で、北朝鮮の核兵器を強く批判したことに対して、北朝鮮の金正恩総書記は「傀儡尹錫悦」と名指しし「韓米が北朝鮮の主権を侵害しようとすれば、核兵器を含むあらゆる攻撃力を動員する」と脅迫した。
この脅迫に対して韓国合同参謀本部は10月4日、「北朝鮮が挑発する場合、その日は金正恩政権終末の日になるだろう」と警告した。そして「われわれの戦略的、軍事的目標は北の同胞でなく、ただ金正恩1人にすべてが合わされていることを明確にする」と強調した。こうした状況の中で、米国央情報局(CIA)は、北朝鮮の情報提供者募集を開始した。
■ 米CIA、北朝鮮の情報提供者を募集
10月2日、ロイターは、米中央情報局(CIA)が、中国とイラン、北朝鮮の情報提供者を募集するために、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を活用する方法を導入したと報じた。
CIAの広報担当者は声明で、Xとフェイスブック、インスタグラム、テレグラム、リンクトイン、ダークウェブの各アカウントに、北京語、ペルシャ語、韓国語で安全な連絡方法を掲載したと説明。「これに関する私たちの努力はロシアで成功しており、他の権威主義的な体制下にいる個人にも、私たちが事業にオープンであることを知ってもらいたい」とし、CIAが国家による抑圧と世界的な監視の強化に対応しようとしていると説明した。
動画共有サイト「ユーチューブ」に投稿された北京語の動画では、インターネットの仮想プライベートネットワーク(VPN)や、匿名性を確保しながらウェブサイトを閲覧できるTorブラウザーを使ってCIAの公式サイトからコンタクトするように勧めており「あなたの安全と健康が私たちにとっての最大の関心事だ」とのメッセージを送っている。
動画ではCIAが関心を持ちそうな情報とともに、提供者の氏名、住所、実際の身元とは関係のない連絡先を求めている。返事をするかどうかは保証できず、時間を要する可能性があると注意を促している。
今回のCIAによる「北朝鮮情報提供者募集」は、ロシアでの成功例に基づいたもので、対北朝鮮政策強化の一環と見られるが、特には「金正恩斬首作戦」に焦点を合わせた措置と思われる。
北朝鮮の「核兵器除去」は「核兵器そのものの除去」よりも「核兵器使用意思の除去(金正恩の除去)」の方が容易だ。しかしそれは、適確な情報があってこそ成功する。正確な情報が作戦成功のカギとなることは、米国がこれまで行ってきた様々な斬首作戦を見れば明らかだ。
■ 訓練中に金正恩の顔を見たとして特殊部隊員を連行
米韓の圧倒的軍事力と「斬首作戦」に怯える金正恩であるが、加速化する民心離反にも怯えている。それは彼の異常な身辺警護強化で示された。
9月13日、北朝鮮メディアは金正恩の朝鮮人民軍特殊作戦武力訓練基地指導写真を公開した。しかしその写真には、金正恩の護衛兵たちがライフルの引き金に指をかけたまま警戒態勢を維持する姿があった。こうした護衛部隊の姿を見せつけたのは、対外的な目的だけでなく北朝鮮内部に対しても、最高指導者の警護体系が完璧であることを示し、反乱を起こしても必ず失敗するという事を示したかったためと思われる。
北朝鮮は、金日成時代から最高指導者が軍事施設を訪れるたびに、もしかして兵士たちが最高指導者に危害を加えるかと非常に厳重な警護をしてきた。しかし身辺警護がこれほど異常な姿を見せたのは初めてである。民心の離反に対する金正恩の恐怖心が垣間見える。
今回の訓練は、新兵を対象とした訓練だったと思われる。公開された写真でもわかるように、訓練に参加した兵士たちはほとんど20代半ばの若い世代だった。彼らはいわゆる「チャンマダン世代」、または「MZ世代」と言われる若者だ。北朝鮮体制に疑問をもち、韓国ドラマや音楽に触れた世代と言われている。このような若い兵士たちの一部は、北朝鮮体制についてこれまでとは異なる考えを持っている。金正恩も彼らの「危険性」を念頭に置いていた可能性がある。
この金正恩の視察以後、やはりというか、試験訓練に動員された軍人数名が緊急逮捕される事件が起きたと韓国のデイリーNKが10月2日に報道した。
デイリーNK平壌市消息筋は、「元帥様(金正恩)の朝鮮人民軍特殊作戦武練訓練基地視察の際に訓練に参加した20人余りの軍人が、9月13日に逮捕され、軍保衛局に移送される事件があった」と伝えた。
逮捕理由は、20人余りの兵士たちが「1号身辺安全護衛規則(金正恩警護規則)」に違反して、事前に学習したように訓練せず、射撃訓練過程で金正恩に目を向ける非常に不適切な姿を見せたことだった。
消息筋は「射撃、撃術のような威圧的な訓練中に、元帥様が立っている方向に向かって目を向けるのは、一瞬の間に金正恩の身辺に深刻な危険が及ぶ状況を醸し出す危険な行動とされているが、このような行動が現れたと護衛要員らが強く指摘した」と話した。
続けて消息筋は「特殊作戦武力訓練基地で、1号行事があるという事実をあらかじめ伝えられ、予行訓練まで行われたにもかかわらず、実際の訓練で護衛員たちに緊張感を感じさせたのは大きな問題であり、これはそのまま、兵士たちの訓練に取り組む態度が不誠実だったと結論付けられた」と話した。そして、「一部兵士の逮捕・連行は、視察後の元帥様が持たれた不快な気分とも関連する」と付け加えた。
今回の事件は、米韓による「金正恩斬首作戦」具体化と民心の離反が、金正恩に緊張感を加重させ、精神的不安定を増幅させているものと思われる。
トップ写真:韓国の城南で開催された第76回韓国軍隊の日記念式典に出席した韓国の尹錫烈大統領と金健熙夫人。2024年10月1日 韓国・城南
出典:Photo by Kim Hong-Ji – Pool/Getty Images