悩む金正恩、党総会で対外政策語れず
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮労働党総会、去年12月に開催。金正恩総書記報告なし。
・ロシア派兵、韓国情勢、トランプ大統領の対中政策の動向次第で、北朝鮮に大きな影響。
・2025年、朝鮮半島情勢が激変することは間違いなさそうだ。
北朝鮮は、複雑な国内外情勢の中で、昨年12月23日から27日にかけて、朝鮮労働党中央委員会第8期第11回総会拡大会議を開いた。これまでとは異なり、少し前倒しで開催し、報道も総会が終わった2日後の12月29日にまとめて行った。金正恩総書記の報告はなく「結語」だけだった。
今回総会で目を引いたのは、国民の不満をなだめ、韓流に侵されない金正恩世代の創出を狙って、第3議題、第4議題で「地方発展政策と今後の課題について」と「国の教育土台の強化のための一連の措置を実施することについて」が取り上げられたことだ。だが、最大の特徴は、2024年に大転換した路線の総括も新たな対外政策の提示もなかったことだと言える。
統一を放棄し「韓国を第一の敵国」とした路線やロシアへの派兵については全く言及しなかった。ロシア派兵は完全に隠蔽した。尹大統領弾劾についても語られなかった。米国のトランプ新政権に対するメッセージもなかった。
しかし、対外政策について言及しなかったのは、それを重要視しなかった訳では無い。北朝鮮を取り巻く情勢が極めて複雑で不透明要素が多いためだったと思われる。情勢の不透明さが解消されるまで様子を見ようとしているのだろう。
■ 金正恩が対外政策表明を控えた背景
では今回金正恩が対外政策表明を控えた主な背景にはどのようなものがあるのだろうか?
まず考えられるのは、ロシア派兵北朝鮮兵死傷者数増加とプーチンに対する疑心暗鬼だ。
金正恩は起死回生の起爆剤としてロシア派兵を行ったが、北朝鮮兵士の犠牲が次々と明るみに出ている。最近もロシア西部の戦闘で死傷者が数百名に及んだとのことだ。11日にもウクライナのゼレンスキー大統領は、北朝鮮兵2人を捕虜にしたとし、ロシアと北朝鮮は、北朝鮮兵が戦闘に関与している証拠を隠滅するために、負傷兵を処刑していると明らかにした。ウクライナ保安局は、捕虜になった北朝鮮兵士が「ウクライナとの戦争ではなく訓練に行くと考えていたと話した」と伝えた。
またプーチンは、ウクライナでの苦戦が続く中で、シリアのアサド大統領を切り捨てた。このことは金正恩に大きな衝撃を与えたと思われる。金正恩のプーチンに対する疑心暗鬼を呼び起こしたに違いない。
次に、トランプ次期米国大統領の韓半島(朝鮮半島)政策だ。
トランプは間もなく米大統領に就任する、大統領2期目のトランプは、対中国圧迫を一層強化しようとしている。一期目では金正恩との対話に前向きな姿勢を示してきたトランプであるが、金正恩の対応が対中国圧迫政策に障害となれば、一転、対金正恩強硬策に転ずる可能性は否定できない。またトランプは、早期にウクライナロシア和平を推進しようとしている。この政策推進でプーチンとどう向き合うのか?金正恩にとっては極めて悩ましい状況が生まれている。
そして、突然表面化した韓国の政治混乱の行方だ。
昨年の12月3日に戒厳令を公布した韓国の尹錫悦大統領は、野党「共に民主党」が支配する「国会勢力」によって12月14日に弾劾訴追された。尹大統領は職務停止に追い込まれ、現在、憲法裁判所の審判に対応している。また尹大統領は、高位公職者犯罪捜査処と警察・軍の合同捜査本部から「内乱罪」容疑で逮捕状まで出され、身柄を拘束されようとしている。このまま「共に民主党」のペースで推移すれば、今年前半には大統領選挙があるかもしれない。
そうなれば、北朝鮮と通じる前科4犯で5つの裁判を抱える李在明・共に民主党代表が大統領となる可能性が高い。それはそのまま金正恩が最も恐れる米韓日連携強化の弱体化を意味する。これは窮地に陥っている金正恩にとって願ってもない「恵みの雨」となる。ここは、口を閉ざし、地下組織を使って隠密裏に李在明を助けることが得策だと考えた可能性が高い。また尹大統領弾劾が却下されるケースも考えなければならず、軽々に対韓国政策を口にできなかったと思われる。
以上の諸要因が、金正恩が対外路線に全く触れなかった主な背景だったと考えられる。
■ 今後も読みきれない韓国・ウクライナ情勢
しかし、最近の韓国情勢は、金正恩の期待通り動いていない。「共に民主党」は、李在明有罪確定前に尹大統領弾劾審判を終わらせようとして、立証が難しい「内乱罪」部分(弾劾訴追案の主要内容)を取り下げ「戒厳令」部分だけで審判させようと画策した。そのために、多くの国民から反発を受け「詐欺的弾劾訴追案」だとして糾弾されている。また、尹大統領の拘束場面を一日も早く国民に見せようと焦り、強行策を取った結果、予想以上の強い逆風に直面している。
最近の世論調査では、尹大統領の支持率が急回復し40%に達した。45.2%を記録した調査結果もある。そしてソウル市民の53.9%が弾劾の棄却を求めているという。与党「国民の力」の支持率も急回復している。ダブルスコアだった「共に民主党」との差を誤差の範囲まで縮め、今後追い越す勢いを見せている。
そればかりか、当初、尹大統領の戒厳令発布を批判していた同盟国米国や主要友好国までも「共に民主党」のなりふり構わない弾劾連発策の背景に注目し始めている。トランプ次期政権の一部側近は、共に民主党の背後に中国と北朝鮮の影を強く感じ始めている。
もしも尹大統領の罷免より先に「共に民主党」李在明代表の罪が確定するか、尹大統領の弾劾が却下される事態となれば、李在明に有利な現在の流れは逆転する。懲役刑の李在明は、大統領選への立候補が不可能となり、進行中の5つの裁判でも有罪となる可能性が高くなる。そうなれば韓国の従北朝鮮勢力は計り知れない打撃を受けるだろう。金正恩にとって「恵みの雨」は「豪雨」に一変する。
またウクライナ情勢は、新たな局面を見せ始めている。タス通信によると、ロシア大統領府のペスコフ報道官は10日(現地時間)の記者会見で「トランプ氏が対話で問題を解決する用意ができているという点を歓迎する」とし、ロシア側に会談開催の前提条件がないことを明らかにした。
情勢がどちらに転ぶにせよ、2025年に朝鮮半島情勢が激変することは間違いなさそうだ。
トップ写真:金正恩総書記とプーチン露大統領(2024年6月19日北朝鮮・平壌)出典:Contributor/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統