北朝鮮の核挑発露骨化で緊張高まる朝鮮半島
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・米韓への挑発を強めている北朝鮮軍は、冬季訓練で「全面戦」を想定した訓練を展開。
・米韓両空軍は3月3日、韓国上空で合同訓練を実施した。
・米軍は「ゴーストライダー」AC-130Jを韓半島に初めて出撃させ、「斬首作戦」訓練を強化し、その様子を公開した。
北朝鮮は、今年に入って核戦争をも辞さないとする露骨な核脅迫を強め、東アジア情勢を緊張させている。その背景には、金正恩体制の深まる苦境と核兵器使用をちらつかせながら、ウクライナ侵攻を続けるロシアの影響がある。
金正恩は、昨年後半ら今年にかけて、ロシアのウクライナ侵攻を分析し、軍部隊の編制を大幅に変更するとともに、ロシア軍兵器の弱点を埋める戦術兵器の補強も行った。
2月6日に開かれた第8期第4回党中央軍事委員会拡大会議で、金正恩総書記は「現情勢に対応して軍の作戦戦闘訓練を拡大強化し、戦争準備態勢をより厳格に完備せよ」と指示し、軍を根本的に改善・強化するための対策を講じたという。
1、北朝鮮「全面戦」想定の冬季訓練実施
金正恩の指示に従い、韓米に対する挑発の度数を強めている北朝鮮軍は、冬季訓練で「全面戦」を想定した訓練を展開した。
韓国デイリーNKの北朝鮮内部情報筋は3月2日、北朝鮮軍総参謀部が、2月27日に全軍に冬季訓連判定講評要項を通達したと伝えてきた。「この講評要項の核心は、全面戦を想定した作戦及び戦闘政治訓連命令体系に対する判定を進めること」であったという。
情報筋によると、総参謀長は、通達を行う中で「最高司令官同志(金正恩)がおられない地球、朝鮮が存在しない地球は永遠になくしてしまうという胆力と覚悟、意思で訓練に参加し、我が国家の終焉をほざく敵対勢力の妄言に、人民軍戦闘武力の威力を見せてやれ」と注文したとのことだ。
北朝鮮総参謀長は、党中央軍事委員会の命令書が不意に発せられれば、東部、西部、中部地区に分かれている陸海空軍及び戦略ミサイル部隊、戦術核運用部隊が、地上、空中、水上、水中で、指定された目標を打撃する時間を測定し、正確に撃滅させることができるかを判断しなければならないと指示したという。
このような訓練を通じて、武器体系の信頼性を検証し、また共同訓練も評価することで、再編成された部隊別武器体系を検証しようとしていると消息筋は伝えてきた。
これは、人民軍部隊改編と武器配置編制後に断行した初めての冬季訓練を通じて、全面戦を想定した共同作戦の威力を最大限に向上させようとする意図と見られる。特に、総参謀部は、新たな戦力に編制した巡航ミサイル、誘導型ロケット砲部隊の発射命令体系と隣接部隊との共同命令指揮体系の点検を強調したという。
一方、各部隊の政治部では、「党中央軍事委員会から予期しない命令を受けた場合、我が国家の終末を云々する敵対勢力に対して、地球の終末で答えるという信念をもって、訓練で高い政治的熱意を発揮し、高い評定成果を出さなければならない」とする政治教育を行っていると情報筋は伝えてきた。
2、米韓合同軍事演習再開で対北朝鮮圧迫強化
こうした中で、米韓両空軍は3月3日、韓国上空で合同訓練を実施したと韓国国防省が同日明らかにした。米空軍からはB1B戦略爆撃機が、韓国空軍からはF15K戦闘機とKF16戦闘機が参加した。
また米韓両軍は同日、朝鮮半島有事を想定した大規模合同軍事演習「フリーダムシールド(自由の盾)」を、これまで最長の13~23日の11日間実施すると発表した。文在寅前政権時代に縮小された毎春定例の大規模な演習が約5年ぶりに復活することになる。期間中には大規模な野外機動訓練も行う。北朝鮮は2月、この演習計画に対し「持続的で前例のない強力な対応に直面することになる」としており、韓(朝鮮)半島情勢は一層緊張を高めている。
韓国軍当局者は、ソウルの国防省で開いた合同記者会見で「北朝鮮の核・ミサイルの高度化と、最近起きた戦争・紛争の教訓など、変化する安全保障環境を反映したシナリオに基づき、(米韓)同盟の対応能力を一層強化する」と説明した。
3、強化された「斬首作戦」で「ゴーストライダー」登場
北朝鮮の挑発がステージアップされる中、米軍が「ゴーストライダー」と呼ばれる米特殊戦航空機AC-130Jを韓半島(朝鮮半島)に初めて出撃させ、北朝鮮の指揮部を除去する「斬首作戦」訓練を強化し、その様子を公開した。
韓国軍合同参謀本部によると、韓米特殊戦部隊は2月初めから3月初旬まで京畿道平沢(ピョンテク)のキャンプ・ハンフリーズと烏山(オサン)基地、全羅北道直島(ジクド)射撃場などで「チークナイフ(Teak Knife)」連合特殊戦訓練を行っているという。チークナイフでは特殊部隊が空中の火力支援を受けながら敵陣に浸透する形の訓練が行われる。爆撃誘導、人質救助のほか、有事の際、敵の指揮部を打撃する「斬首作戦」が含まれる。
その間、韓米は、北朝鮮を不必要に刺激しないため、同訓練をほとんど非公開で実施してきた。しかし今回は、軍当局が公式報道資料を出し、訓練の事実はもちろん、参加戦力、合同参謀本部議長の現場点検などを知らせた。韓国軍当局が同訓練の参加戦力などを公開するのは異例のことだ。
今回の訓練で特に目を引くのは、最新鋭ガンシップ(gunship) AC-130Jが初めて登場した点だ。「ゴーストライダー」とも呼ばれるこの軍用機は、輸送機を改造して「空中戦艦」のような任務を遂行する。30ミリ機関砲、105ミリ曲射砲だけでなく、忍者兵器と言われるAGM-114(ヘルファイア)のような精密誘導武器などを搭載し、事実上、空中砲台の役割を果たす。防空砲の射程距離を超える3キロ以上の上空を飛行し、砲弾を雨のように落とす。
韓国の金承謙(キム・スンギョム)合同参謀議長は2月27日、訓練現場を点検しながら「露骨になっている北の挑発に対応し、いかなる任務が付与されても敵に致命的な被害を負わせ、状況を勝利で終結させることができる能力を備えるべき」と強調した 。
2月28日にはゲリラ戦に特化し、米陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」が潜水装備を着用して訓練する様子も公開された。グリーン・ベレーは群山沖のある無人島で、北朝鮮の指揮部を除去して主要施設を破壊する実射撃訓練「チークナイフ」を実施した。韓国軍からは、「斬首部隊」と呼ばれる特戦司第13空輸旅団が参加した。
斬首作戦が行われる場合、米軍のティア1(Tier 1)級特殊部隊が投入され、グリーン・ベレーと(韓国軍の)特戦司は地上から、AC130Jは空中からの火力支援を受け持つものと思われる。1990年代から毎年行われているチークナイフ訓練は、文在寅政権の5年間、たった1回しか公開されなかった。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権発足後の昨年9月に続き、わずか半年で再び訓練を公開したことは、挑発の度数を高めている北朝鮮に向けた警告メッセージだと見られる。それとともに、北朝鮮に消耗戦を仕掛け、金正恩体制を揺さぶる狙いもありそうだ。
写真:「23 Freedom Shield」軍事演習を前に記者説明会を開催した韓国とアメリカ。韓国 ソウル 2023年3月3日
出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統