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.社会  投稿日:2024/10/24

福島第一原発事故からの13年:医学研究の進展と課題


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・福島第一原発事故から13年半、原子力規制委員会は屋内待避の見直しを進めているが、医学的観点からも適切とされる。

・福島医大は原発事故後に研究力を高め、264報の論文を発表するなど成果を上げたが、近年は研究資金の減少に伴い発表数が減少傾向にある。

・事故の長期的な影響に対する研究は世界的な関心を集めており、日本はその記録を後世に残す責任があるが、研究支援が不足している。

 

福島第一原発事故から13年半が経った。政府は原発事故対策の見直しを進めている。10月18日、原子力規制委員会は、原発事故後の屋内待避について、放射性物質が大気中にほとんど存在しないことが確認できた場合には解除できるなど、見直しの素案をまとめた。

この変更は、福島第一原発事故後の放射線量が、原発からの距離ではなく、事故の時点での風向きなど天候条件が影響していたという経験に基づくものだろう。一方、延々と屋内退避を続けると、糖尿病や高血圧など基礎疾患が短期間の間に悪化する。その後、脳卒中や心筋梗塞で命を落とすことが多い。原子力規制委員会の見直しは、医学的に適切だ。

このような議論ができるようになったのは、原発事故後、多くの臨床研究の結果が発表されたからだ。その中には長期間、経過を観察した貴重なものもある。本稿では、福島第一原発事故に関わる医学研究の年次推移をご紹介したい。

まずは、図1をごらんいただきたい。原発事故後に発表された医学論文数の推移を示している。この数字は、米国立医学図書館データベース(PUBMED)で、「福島第一原子力発電所」という単語を含む論文を検索したものだ。8月25日現在、1792報の論文が発表されている。

特記すべきは、原発事故後10年間、100-200報程度の論文がコンスタントに発表されていることだ。

 

写真)図1

出典)医療ガバナンス研究所

これはマスコミ発表とは対照的だ。図2は全国紙5紙に、「福島第一原子力発電所」という単語を含む記事数の推移を示したものだ。原発事故から時間が経過するにつれ、記事数は急速に減少し、2018年以降、ほぼ横ばいだ。

 

写真)図2

出典)医療ガバナンス研究所

マスコミの記事数は、世間の関心を反映する。多くの日本人は、福島原発事故への関心を失ってしまったのだろう。

では、福島原発事故に関する研究は、どの国の研究者が主導したのだろうか。勿論、日本人研究者だ。1479の論文に日本人研究者が著者として参加しており、全体の83%を占める。

ただ、残りの17%の論文が、海外の研究者のみで書かれていることは特記すべきだ。福島第一原発事故に対して、世界中が強い関心を抱いていたことを示している。

実は、今回の福島原発事故まで、原発事故対策については、十分な研究がなされてこなかった。1979年に発生した米国のスリーマイル島原発事故に関する医学論文は161報、1986年のチェルノブイリ原発事故に関する医学論文は741報しか発表されていない。福島原発事故の9%、26%に過ぎない。世界中の原発事故の研究者が、福島に関心を抱いたのも当然だ。

興味深いのは、日本と海外で論文発表のスピードが異なることだ。図3は、日本の研究者を含む論文数と、海外の研究者だけで発表した論文数の推移を示す。

 

写真)図3

出典)医療ガバナンス研究所

日本人の研究は原発事故から5年間増え続けている。一方、海外研究者に論文は、2011年は日本人研究者を含む論文よりも多く、2012年も遜色ないが、その後、減少に転ずる。

日本人研究者による研究が、徐々に増加したのは、この間に福島県立医科大などの研究機関を中心に、政府が研究資金を投じたからだろう。海外では、このような動きはなかった。ちなみに、近年、論文数が減少しているのは、原発事故から時間が経過し、このような研究資金が減額されたからだ。今後も、福島原発に関する研究は減っていくだろう。世界が関心を抱く長期的な影響を、きっちりと評価できるか心許ない。

 

では、日本で研究をリードした福島医大は、どの程度の論文を発表しているのだろうか。その合計は264報で、世界全体の15%、日本国内の18%を占める。

福島医大の論文発表の特徴は、原発事故から数年で急速に発表数を増やしたことだ。福島医大は、本来、研究を志向する大学ではない。原発事故が起こるまで、研究人材の層は薄かった。原発事故後、長崎大や広島大学など被曝研究のノウハウを有する大学から教授を招聘し、強化に努めた。その成果は、2013年頃より顕在化し、2017年には日本からの発表の25%に福島医大が関与するようになった。

ところが、2018年以降、勢いは失速する。2019年の論文発表数は22報で、日本からの発表の15%を占めるにすぎなくなる。前述したように、政府からの研究費が減額され、大学の研究力が陰ったことが大きいのだろう。

興味深いのは、その後、福島医大が研究力を再び高めることだ。2022年には過去最高の37報の論文を発表した。これは日本からの論文の26%に相当する。

福島医大が研究力を強化する上で、大きな働きをしたのは坪倉正治医師だ。原発事故当時、私が指導する東京大学医科学研究所の大学院生だった。福島県浜通りに飛び込み、現地で診療、研究に従事した。2018年4月、竹之下誠一理事長から招聘され、福島医大の教授に就任した。その後、44報の福島原発事故に関する論文を発表している。福島医大内でのウェイトは近年急増しており、2023年に限れば、福島医大から発表される論文の45%に坪倉教授が関わっている。

 

これは坪倉教授の頑張りもあるが、竹之下理事長の英断に負うところが大きいだろう。研究費削減の逆風の中、若手の有望な人材を教授に抜擢し、研究力を向上させるのは、組織のトップしかできないからだ。

これが福島原発事故の研究発表の現状だ。原発事故の長期的な影響は、世界が関心を抱く問題だ。日本人は、この問題に対する記録を後世に残る義務がある。ところが、現状を見る限り、福島の研究力は尻すぼみだ。国家をあげて、もう少し支援すべきではなかろうか。

トップ写真:福島第一原子力発電所の北側からの空中写真

出典:EyeEm Mobile GmbH/ Getty Images




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