あえて言う!「頑張れ石破首相」 政治の季節の隙間風 その4
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「政治の季節」
【まとめ】
・総選挙後の世論調査で内閣支持率は32.1%に急落した。
・石破首相の辞任を求める声は少なく、存続を望む人が意外に多い。
・石破首相には、財政再建と社会政策を両立させる意欲が期待されている。
総選挙の続報と言うか、議席が確定した直後の世論調査の結果が、なかなか面白かった。
共同通信社が29日付で配信したもので、まず内閣支持率は32.1%。政権発足直後の50.7%から急落した。もっともこれについては、選挙前から、まだなにもしていないのに危険水域(支持率30%以下)などという声が聞かれたので、今さら「選挙前/選挙後」という話ではない。
その一方、石破首相は総選挙で与党が過半数割れとなった責任をとり、辞任すべきだとした人は28.6%にとどまり、逆に「辞任する必要はない」と答えた人が65.7%を占めた。
前回の締めくくりでも述べたが、やはり日本の有権者は断じて愚かではない。今次の与党の敗北は石破首相一人に責任が帰せられるべきものではなく、悪いのはいわゆる裏金議員だということを、正確に見ているのではないか。マスメディア、具体的には朝日新聞をはじめ、日頃は自民党寄りだと目されている読売・産経両紙までが、社説で石破首相に退陣要求を突きつけたにもかかわらず、世論はこの通りなのだ。
ただ、少しだけ補足しておくと、産経新聞の社説は「石破首相は直ちに辞職し新総裁選出を」と題されたもので、その新総裁とは具体的に誰を念頭に置いているのか、いささか気になるところではある。
それはさておき、以下はまあ、判じ物と思って読んでいただいて結構だが、私は今こそ石破首相が「開き直った者の強さ」を発揮するよう、エールを送りたい。
まず経済政策だが、すでにマスメディアが報じた内容を信じるならば、国民民主党が主張した、所得税の課税下限(現状は年収103万円)を引き上げたり、ガソリン代を下げるなど「手取りを増やす政策」を呑むことで同党を抱き込み……もとい、協調関係を築いて予算を通す算段であるらしい。ならばいっそのこと「消費性を5%に引き下げる」という政策も採り入れてはいかがか。
さすがにそれでは財政が……と思う向きもあるかも知れぬが。心配はご無用。石破首相自身が、自民党総裁選を前にして、庶民の税負担を緩和しつつ財政再建も目指せる妙案として、「金融資産への課税」というアイデアがあることを示唆したのである。これまた一部報道によればだが、経団連の上層部からも「一考に値する」との声が聞かれたとか。
これなど私自身も本連載はじめ色々なところで訴えてきたことで、簡単におさらいをしておくと、いわゆるアベノミクスとは、単なる円安誘導政策であって、その結果、輸出企業をはじめとする大企業に利益が集中した。2020年の段階で、これら大企業の内部留保は総額500兆円以上にもなっている。仮にその10%を税金として国庫に納めることができれば、国家予算の半分ほどをまかなうことができ、消費税は引き下げどころかひとまず凍結しても大丈夫なのだ。「地方創生・格差是正」を訴え続けてきた石破首相が、これまで大企業や富裕層から税金をしっかり取り立てなかった結果、消費税の税率を繰り返し引き上げざるを得なかったのだということに気づかないまま首相の座に就いた、ということは、まさかあるまい。
もうひとつ、沖縄の基地問題などにからんで、
「日米地位協定の見直しは、必ず実現する」
と発言したことも、まさかお忘れではあるまい。具体的にどこまで見直すのか、いまひとつはっきりしていないが、日本人が被害者となった場合でも容疑者が米兵であれば日本に裁判権はない、などという「不平等条約状態」が是正されたなら、沖縄のみならず全ての日本人にとって福音だ。米軍基地、というより日本が未だ占領状態から完全に抜け出せていない問題には口をつぐんだまま、英霊に報いるのだとして靖国神社公式参拝をぶち上げるような、どこぞの「新総裁候補」など顔色なしだろう。
地方創生や、自然災害に備える諸政策も、言うまでもなく喫緊の課題である。
石破首相は、軍事ヲタクとしてよく知られた人だ。ウクライナとの戦争で消耗しきっているロシアや、国内問題がなかなか大変な中国の脅威は相対的に低下しており、こちらもなかなか厳しい国家予算の中で、軍備と災害対策、どちらにウェイトを置いた支出をすべきか、判断がつかないなどということは、まさかあるまい。
どこの世界に「アジア版NATO」などという了見の分からないことを口走る軍事通がいるのか……などと言ってはいけない。石破氏はあくまでヲタクであって、軍事の本質的な問題にまで理解が及んでいるわけではない。このことは、拙著『反戦軍事学』(朝日新書・電子版も配信中)をご一読いただければ、おわかりいただけよう。さらに言えば、中国海軍と南海トラフ地震と、どちらが日本列島に対する大きな脅威であるかなど、軍事知識がなくとも容易に分かることではないか。
政局に話を戻して、最新の報道によれば、自民党内の一部からは、総裁選や総選挙の恨みか、首班指名選挙で石破氏に投票しない、との声が聞かれるらしい。言語道断のそのまた問題外のもってのほかのアウトの外、とはこのことである。そんなことをして、野田佳彦首相誕生となったら、自民党に投票した人だけでなく全ての有権者に対して、なんと申し開きができるのか。石破政権の前途は、かくも多難だが、そうでありからこそ、首相には、「もはや失うものはない」という心境になっていただきたい。
石破茂という政治家が大宰相として歴史に名を残す道は、まだある。
「有言実行」
それだけでよいのだ。自分が言ったことには責任を持つ。政治家として、いや、人間として当たり前のことを当たり前に実行する。ただ、それだけのことなのだ。
トップ写真:衆院選の当選者に赤いピンを貼る石破茂首相
出典:Photo by Takashi Aoyama/Getty Images