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.政治  投稿日:2024/10/1

待たれるタイム・トゥ・チェンジ 本当に「政治の季節」なのか 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「政治の季節

【まとめ】

・高市候補は女性であることよりも、旧安倍派との結びつきや保守色のイメージが障害に。

・派閥の論理で選出されたともいえる石破総裁。自民党は次の総選挙で議席を減らすことも。

・野党に期待できないから自民党が政権運営している状況はよいとは思えない。

 

 シリーズ第一回で、日本初の女性宰相の誕生を願う声に対して、私は「なにを今さら」という表現まで用いて、否定的な見方を開陳させていただいた。

 石破新総裁の誕生、と言うよりは高市早苗候補が決選投票での逆転負けを喫したことを受けて、一部メディアからは「まだまだガラスの天井が残っているようだ」との声も聞かれた。ガラスの天井というのは、日本はまだまだ男性社会で、女性がトップに立つには諸々の(しかしながら見えにくい)障壁がある、という意味の言葉である。

 私見ながら、これは半分正しく半分間違っていると思う。

 閣僚はじめ、国会議員や地方自治体の首長、大企業のエグゼクティブの中に女性が占めている比率を見れば、女性の社会進出が西欧諸国に比べて立ち遅れていることは一目瞭然である。しかし一方、ここで私が「欧米」という表現を用いなかったことに着目していただきたい。米国では未だ女性の大統領が誕生していない。エグゼクティブはそれなりの人数がいるが、巨額の資産を持つIT企業のトップなども男性ばかりである。

 それよりなにより、総裁選を制すれば本邦初の女性宰相の誕生となる、というのは、高市候補にとってアドヴァンテージであったはず。実際にそのことを期待する声も、自民党の内外から聞かれていた。

 第一回の投票で高市候補は国会議員票は2位、党員党友票は1位であった。もともと石破茂という人は、議員の間からは「平気で義理を欠く」などという声が聞かれ、人気がなかったが、その分、反骨の人であるとして党員党友からは幅広く支持を集めていた。

しかし今次は、わずか1票差ながら高市候補が党員党友票で上回ったのである。この事実は、初の女性総裁誕生に対する自民党支持層の期待が、それだけ大きかったという、少なくとも状況証拠にはなるだろう。

 とは言え、それはあくまで、自民党支持層の間でのみ通用する論理に過ぎなかった。新政権誕生後の解散総選挙を考えた場合、前々回も述べたように、高市候補が「選挙の顔」になったのでは、コアな保守票は集まるだろうけれども、無党派層などの票は逆に逃げるのでは、という心配があった。初の女性宰相という「金看板」を差し引いても、エキセントリック、右翼的と言ったマイナスのイメージが足を引っ張ったのである。

 これについては高名な政治評論家も、まさか本紙の後追いではないだろうが笑、TVの特集番組でまったく同じ見方を開陳した。

 もうひとつ、初の女性宰相を期待する声に対して、私が「なにを今さら」と受け止めたというのは、二重の意味がある。

 高市候補が一度は総理総裁にもっとも近い位置に立つことができたのは、女性だからではなく、失地回復を狙う旧安倍派の思惑に乗っていたからで、決選投票で逆転負けを喫した原因は、それだけは許さない、という岸田首相が石破候補支持に動いたからだ。

 どこまで行っても派閥の論理で総裁が選ばれるという自民党の体質は、今もなにひとつ変わっていないことが、あらためて明らかになったとも言える。

 そうした次第なので、石破新総裁誕生に伴い、週明けの東京株式市場で株価が急落した(彼は日銀の追加利上げに肯定的)ことも、各種の世論調査で、新総裁への「ご祝儀相場」はあまり期待できず、次なる総選挙で自民党は大きく議席を減らすだろう、との予測が支配的であることも、驚くには値しないと私などは考えている。

 しかしながら、政権交代の可能性があるかと言われると、誰が「然り」と答えられるであろうか。私が、実は高市早苗総理の誕生を密かに期待していたことは前に述べたが、それは彼女が、靖国神社への公式参拝などを航行した場合、自民党分裂含みの大政局になって、政治を刷新する好機にもなり得る、との考えであった。

 逆に言えば、野党にはもはやなにも期待できないというのが、今の日本の政治状況なのではあるまいか。

 自民党総裁選に先立って、立憲民主党の代表選が行われた。そして、こちらもすでに大きく報じられた通り、野田佳彦・元首相が再登板することとなった。やはり「なにを今さら」と言うほかはない、と感じたのは私だけであろうか。

 一歩退いて冷静に考えたなら、共産党と昵懇だった前代表が辞して野田氏が再登板したことで、国民民主党との「再統一」も可能になり、野党再編の可能性が生まれてきたが、これまた、結局「コップの中の嵐」にとどまりそうな話だ。

 私は選挙制度や議会制度について結構長く取材と勉強を続けて、何冊かの著書もものしているが、かの国では「タイム・トゥ・チェンジ」と言葉が人口に膾炙している。

 おおむね15年から20年の間で、そろそろ政治を刷新すべき時期だ、という気運が盛り上がり、政権交代の確率が高くなる、とされているのだ。

 無論、選挙システムが異なるので、単純な比較はできないのだが、長期政権は傲慢になりやすく、様々な金権スキャンダルの温床になる、ということだけは、日英ともに有権者はよく理解できているはずだと私は思う。ただ、わが国においては遺憾なことに、政権交代を望む声があまり盛り上がらない。

 1993年に自民党は総選挙で大敗し、非自民・非共産の8党連立政権が誕生したが、この時はリクルート事件など「政治とカネ」の問題でガタガタになった自民党を見限り、小沢一郎氏などが党を割ったことが原動力となった。

 私が「自民党分裂含みの大政局」を期待したというのも、この時のことが記憶にあったからだが、よく考えてみるとあの当時は、「政権交代の政権交代でもよいから、とにかく一度やってみるべきだ」というムードが盛り上がっていた。

 2009年に民主党政権が誕生した際も、具体的な政策論争より「政権交代ムード」に乗って総選挙で圧勝したのであると総括する人が今では多い。そんなことでよいのか、という声を聞くことも一切ないではないのだが、私はあえて「それでもよい」と主張したい。

 ムードであろうがなんであろうが、政権交代の現実的可能性がないと、与党政治家がとかく傲慢になり、腐敗の温床となりやすい。

 遺憾ながら、わが国において、政権担当能力のある強い野党が誕生するのまでには、いましばらく時間がかかるであろう。

 現実は現実として受け容れなければならないが、だからと言って、自公政権以外の選択肢は考えにくいという状況が、このまま続いてよいとは、私には思えない。

 もしも予測通りに、石破新首相率いる自民党が総選挙で大きく議席を減らしたとしても、政権交代に結びつかない限り、今度は「石破降ろし」を軸とする、相変わらずの政局が繰り返されるだけではあるまいか。

「コップの中の嵐」は、もはや見飽きた。

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トップ写真:自民党総裁選討論会での高市早苗候補 2024/9/12 東京都千代田区 日本記者クラブ 出典:Photo by Takashi Aoyama/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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