無料会員募集中
.政治  投稿日:2024/12/24

海自の無人機、MQ-9Bの調達とインド軍の調達の違い


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・海自は無人機(シーガーディアンMQ-9B)導入を進めるが、運用計画は非常に遅い。

・一方インドは効率的な調達で準備不足がなく、この差が日本の課題を浮き彫りにしている。

・インドの調達は日本の参考になるといえ、迅速な導入と計画改善が喫緊の課題である。

 

 11月15日、防衛省は海上自衛隊(海自)の海上哨戒用無人機として米ジェネラル・アトミクス社製の「シーガーディアンMQ-9B」を、双日を主契約者として選定したと発表した。23機を導入する計画で、1機あたりの取得費は約120億円を想定。来年度予算案に取得費の一部を盛り込む。海上自衛隊は世界の海軍でも無人機の導入が遅れている「無人機後進海軍」だ。今回のMQ-9Bの導入は一歩前進といってよい。筆者はこの件に関して12月13日に海幕の担当部署を取材したが、MQ-9B導入までの過程と運用に関しては当事者能力が疑われる。

 まず10年で23機という総数と調達想定単価を明示したのは一歩前進だ。従来ならばそのような計画すら示さずに調達が開始されていた。だが10年で23機という計画は非常にスローモーだ。特に無人機の世界は革新が早く、装備の陳腐化が著しい。しかもこの計画はメーカーと契約を結んでいるわけではない。陸自の攻撃ヘリ、AH-64Dアパッチ同様に途中でメーカーが生産を中止しして調達が不可能になる可能性がある。

諸外国では訓練や予備部品、搭載火器などのパッケージでメーカーと契約してから予算化することが常識だが、未だに我が国ではこの当たり前の事ができていない。また10年も経てば搭載しているセンサー、ソフトウェアなどの旧式化も起こってくる。本来この程度の調達であれば5年程度で終わらせるべきだ。

 海幕は2025年度の予算案にMQ-9Bの予算を盛り込む予定だが、取材した当日の段階で運用方法が決まっていないという。機体だけを予算化して調達する予定だ。海上保安庁は既に2022年からMQ-9Bを導入し海上警備・捜索救難活動などの任務に現在3機を運用している。海保の場合は機体の操縦や整備などをすべて商社に委託する形である。これは海保の人員の負担軽減のためだ。

 だが海自の場合、機体は海自で保有するがその操縦や、機体整備、兵站などを自前で行うのか未だに決めていないという。運用方式は調達してから考えるという。これデタラメだ。常識的に運用を決定してどの程度の部隊や予算が必要かを出して要求する。例えば操縦や整備を海自が自前でやるのと、海保のように全部委託するのでは必要な人員の手当も、予算額も大きく変わってくる。

 防衛省には実は「前科」がある。政府は2014年に米国製のより大型の無人機グローバルホーク3機の導入を決定したが、予算要求初年度の段階でどのような部隊が運用するのかすら決まっていなかった。因みに防衛省が導入したグローバルホークはブロック30と呼ばれるモデルで、米空軍は退役を決定して今後日本と韓国の7機しか運用されていないために、維持整備費が急騰している。因みにグローバルホーク導入は防衛省で計画されたものはなく、NSS(国家安全保障局)の防衛事務次官OBらが官邸の威光を使って押し付けたものだ。グローバルホーク導入に関する反省を真摯に行っていれば、今回のMQ-9Bの場当たり的な調達にはならなかっただろう。

 海幕はMQ-9Bの導入目的を海上哨戒であると説明している。海上哨戒のみであるので、搭載されているのは、海上監視のための光学・電子センサーなどだけで、対潜哨戒のためソノブイや魚雷などの武装の類は搭載しないという。だが現在の海上哨戒のアセットとの関係を説明していない。例えば哨戒機であるP-1や新たに導入される哨戒艦との関係だ。海上自衛隊も他の自衛隊同様に隊員の不足に悩まされている。特に艦艇乗組員の不足は切実だ。そうであれば洋上哨戒任務はMQ-9Bのような無人機に置き換えて、省力化を図るべきだ。例えばP-1やP-3Cといった哨戒機の機数を減らす、そのためにはソノブイなどの装備も搭載するなどが必要だ。哨戒艦は今後新たに導入される哨戒に特化した乗員30名の小型艦だが12隻が導入される。だが戦時には戦力にならず、平時は海保と同様な任務につかせる水上艦が本当に必要か。乗員は12隻合わせれば360名、イージス艦1隻よりも多くなる計算だ。本来このような任務は無人機に置き換えるべきだ。

 海幕は無人機にはできない任務もあると説明する。確かに臨検などは無人機ではできず、有人の艦艇が必要だろう。だがそのような任務に360名の乗員を貼り付けて、新たに新型艦を導入する余裕があるのだろうか。現状の無い袖は触れないという事実を直視すべきではないか。

 P-1には低稼働率、低性能という問題もある。P-1の開発が決定されたのは石破茂総理が、防衛庁長官時代だった。石破氏は信頼性が低い国産の専用エンジン4発を採用するP-1の開発には反対したが内局と海幕は押し切った。大臣といえども孤立無援では官僚組織にかなわかったということだ。

 P-1は機体、エンジン、システムすべて国産の専用開発となった。対して米海軍はベストセラー旅客機である737の機体とエンジンの採用しP-8ポセイドンを開発した。当然コストとの面では比較にならない。そしてIHIが開発した国産エンジンの信頼性は低かった。また同様に国産の光学・電子センサーシステムの不具合が多く、P-1の稼働率は僅か3割程度でしかない。このため現場の部隊では悲鳴が上がっている。更に申せば対潜性能も相当に低く、P-8に全くかなわない。海幕と装備庁は長年不具合の改善に巨額の費用をかけてきたが、一向に稼働率は向上しない。しかも米海軍、そしてオーストラリア、インドなども採用しているP-8のデータのやり取りもまともにできない。

 そしてそのP-1の調達コストはP-8の2倍と高騰している。維持整備費は恐らくP-8の5~7倍以上だろう。石破氏の懸念は的中した。端的に言えばP-1は欠陥機だ。だが海幕はその欠陥機の派生型で電子戦機を作ろうとしている。現在海自は60機ほどの哨戒機を運用しているが筆者はP-1を全機退役させて、代わりにP-8を20機ほど導入し、対潜哨戒も含めてMQ-9Bに相当の任務を肩代わりさせるべきだと考えている。そうすれば440名以上の哨戒機乗員を削減できる。

 海幕は今後導入したMQ-9Bの運用を見ながら、対潜哨戒など他の任務も付加させるこことも検討しているという。確かに無人機導入が初めてなので仕方がないところもあるが、いかにもスローモーだ。その間にP-1の稼働率や低性能の対処を今後長期にわたって放置していいはずがない。

 奇しくも防衛省がMQ-9B採用を発表した同じ15日にインド国防省もMQ-9の調達を発表した。インド海軍はMQ-9Bシーガーディアン15機とインド陸軍とインド空軍向けのスカイガーディアン16機(それぞれ8機)の調達を発表。インド国防省は31機分のMQ-9Bのメンテナンス、修理、オーバーホールサービスをメーカーのGA-ASIと別の契約も締結。調達契約額は38億米ドルとなる。海軍のMQ-9Bは、南部タミル・ナードゥ州のINSラジャリ海軍基地、西部グジャラート州ポルバンダールのINSサルダール・パテル海軍基地、空軍用は北部ウッタル・プラデーシュ州のサルサワ空軍基地とゴーラクプール空軍基地に配備される予定だ。

またインドはMQ-9Bに武装を搭載する。機体に加えてAGM-114Rヘルファイアミサイル170発、M36E9ヘルファイア訓練ミサイル16発、GBU-39B/Bレーザー小口径爆弾310発、実弾信管付きGBU-39B/B LSDB誘導試験弾8基、地上管制局、TPE-331-10-GDエンジン、M299ヘルファイアミサイル用ランチャーなどの購入も要請している。

つまりどのような運用をするかも検討して決めた上で武装も決定し、3軍でどのように運用するのかを決定し、国防省がプランをまとめて発注している。陸海空で同じプラットフォームを使うことで、運用・教育・兵站コストを下げている。インドはパッケージで契約して調達するので途中で生産中止に生産が中止になることはない。

無論同じプラットフォームだと事故やトラブルがあったりしたときは3軍とも運用停止になるリクスはあるが、これまでのガーディアンシリーズの信頼性を鑑みるとそのリクスは低いと見たのだろう。実は陸自も無人機としてMQ-9Bクラスの無人機を採用する方向でMQ-9はその最有力候補であるという。そうであれば統合運用の観点からも調達計画を統合するべきだっただろう。

このような調達ができるのもインドが我が国よりも遥かに無人機の運用実績があるからだろう。常々海上自衛隊は、自分たちは大日本帝國海軍の後継者であり、米英海軍に並ぶ世界三大海軍の一つであると自画自賛している。だが、海軍としての当事者能力は我が国からODAを受けている「途上国」であるインドに遠く及ばない。当事者能力の欠如という現実を正しく認識すべきだ。

写真)シーガーディアン

出典)ジェネラル・アトミクス・エアロノーティカル・システムズ

 




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."