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.政治  投稿日:2021/3/31

アショアの代案「イージス重巡」


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

・アショア代替でイージス艦新造ならミサイル搭載数を増やすべき。

・大型化し「イージス戦艦」「イージス重巡洋艦」の呼称でもいい。

・クルー制本格導入とあわせ、人手不足の海自にもメリット。

 

河野太郎前防衛大臣がイージス・アショア導入の見直しを決定した結果、イージス艦の増勢あるいはMDに特化した専用艦の調達が検討されている。だが、果たしてそれでいいのだろうか。

河野太郎前防衛大臣はイージス・アショアの導入を断念したが、迎撃ミサイルのブースターの落下を制御できないことを理由としていた。だがこれは「いいわけ」だろう。それが問題になるのであれば、迎撃したミサイルの破片が落下することも許されない。

またアショアを防御する為の機関砲等の対空兵器も撃った流れ弾が落下するし、ミサイルやドローンなども落下するので配備ができないことになる。

とすると、市ヶ谷の防衛省にパトリオットのPAC3が展開していることがおかしい、となる。また弾道ミサイルだけではなく、領空上空での戦闘機による敵機の迎撃も敵機が墜落する可能性があるから出来ないはずだ。この主張は先の対戦でB29を迎撃するとB29が墜落して副次被害が起きるから迎撃しないというのと同じだ。

更に領土内での地上戦闘も不可能だ。であれば陸上自衛隊が存在していること自体がナンセンスだ。これは、専守防衛は不可能だといっているのに等しい。

筆者はこの話を河野防衛大臣(当時)に記者会見で質問したが明確な回答は得られなかった。現状のままでは本土上空でのミサイルや敵機の迎撃は不可能であり、防衛のためには敵策源地の攻撃か、洋上での迎撃しかできないが、それは空想的である。

本来、アショア導入にあたっては、副次被害を含めて、きちんと法的に可能か、また不可能であれば法改正あるいは法整備が必要だったが、それを防衛省はしてこなかった。

例えばイージス艦のSPY-1レーダーは電波法の規制によって沖合50海里以上離れないと使用できない。つまり電波法を改正しない限りアショアは設置できない。

この事実は、現在は公開しないことになっている。だから防衛省はアショア建設に関して地元への説明会でイージスレーダーではなく、陸自の中SAMのデータを示して説明していた。これはある意味地元を騙す行為に他ならない。地元が反対するのは当然だった。

であれば、陸上配備は始めから不可能であったはずだ。この件は河野防衛大臣(当時)に会見で質問しても「運用に関する質問には答えられない」と回答していたが、であれば防衛省は違法にアショア建設運用する、あるいは電波を出さないという奇天烈な「運用」を考えていたことになる。納税者を馬鹿にしているとしか言いようがない。

現実問題として国民に全く被害や負担を与えないで防衛を行うことは不可能だ。それが特に核ミサイルの迎撃であれば尚更だ。そのような現実的な議論を防衛省も政府も逃げてなし崩し的にアショアを導入しようとしていた。小泉政権では有事法や国民保護法が成立して戦時に自衛隊が戦えるような法整備が若干進んだが、その後の政権は有事法制に全く無頓着だった。そのつけが回ってきている。

そして現在アショアの代案が検討されている。メガフロートや、MD専用艦と地上レーダーの組み合わせ、イージス艦の増勢などの選択肢が検討されているが、メガフロートやMD専用艦と地上レーダー基地の組み合わせは防御に問題があるし、護衛に護衛艦を貼り付けるならば海自の負担は減らない。また地上レーダー基地は先述の電波法の問題もある。

イージス艦の増勢が一番現実的な代案だ。イージス艦を2~4隻増やす、あるいはあたご及びまや級のイージス艦に1隻あたり、2組の乗組員を用意するクルー制を導入すればいい。そうすれば、既存のイージス艦の稼働率を劇的に向上することができる。

乗員の手当は、旧式艦を除籍し、新型フリゲイトのFFMも数を減らし、新たに調達される中途半端な警備艦は全廃すればいい。代わりに水上監視は、海保も導入を検討している、シーガーディアンのようなMALE(Medium-Altitude Long-Endurance:中高度・長時間滞空型無人航空機)のUAV(unmanned aerial vehicle無人機)を導入すればいい。

▲写真 海保が飛行実証に使用したシーガーディアン 出典:海上保安庁ホームページ

筆者はMD専用艦、しかもSPY7搭載艦には反対である。それはミサイル防衛以外に使い道がなく、結果として高くつからだ。SPY7を採用すれば海自のイージス艦との相互互換性もなく、訓練や兵站の面でも不利益だ。であれば新たにイージス艦を調達するほうが合理的だ。また「駆逐艦」として活用できないMD専用艦は対中国戦ではほとんど役に立たないだろう。

問題はイージス艦やMD専用艦のミサイルの搭載数だ。海自のイージス艦は、各艦の垂直発射機に90発ないし、96発のミサイルが入り、対航空機用ミサイル16発、対潜水艦ミサイル16発を積むならMD用のSM3ミサイルを58発ないし64発収納できる。

▲写真 イージス護衛艦「ちょうかい」によるSM-3発射試験 出典:海上自衛隊ホームページ

だがSM3は1発約40億円もするために現在各艦はそれぞれ8発しか搭載していない。通常迎撃は1発の弾道弾に対して確実を期すために2発発射するので、迎撃できる弾道ミサイルは1隻あたり4発に過ぎない。

対MDで配備されているイージス艦は2隻なので、併せて8発の弾道弾にしか対応できない。仮にMD用ミサイルを1隻あたり更に24発搭載して32発に増やせば2隻で64発、4倍の数の32発の弾道弾に対処できる。だがMD用のミサイルを増やせばその分通常の対空用のミサイルの搭載数は減る。

弾道ミサイルの脅威であれば北朝鮮よりもむしろ中国のほうが遥かに大きな脅威である。核弾頭を搭載した弾道弾だけではなく、中国は通常弾頭で日本本土まで届く弾道弾を多数保有している。のみならず、水上の艦隊を狙える、いわゆる「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道弾東風(DF)21D、DF26なども実用化している。

また中国は戦闘機、攻撃機の機数では航空自衛隊に対して圧倒的に数が多く、戦闘になった場合海自の護衛艦隊は飽和攻撃を受ける可能性が高い。つまり対中国戦となった場合、通常の対空戦闘と併せてMDも維持するならば、MD及び通常の対空ミサイルの両方を十分な数を持たなければ戦えない。

そうであれば、新たにイージス艦を建造するならばミサイルの搭載数を増やすべきだ。海自のイージス艦は駆逐艦といいつつ、基準排水量はこんごう級で7,250t、あたご級で7,750トンだ。最新型のまや級は8,200t、満載排水量は1万トンを超える。これは米海軍のタイコンデロガ級イージス巡洋艦に匹敵、あるいはそれ以上の大きさである。

▲写真 護衛艦まや 出典:海上自衛隊ホームページ

我が国の「イージス駆逐艦」は実質的に「イージス巡洋艦」である。今の海軍は各国「駆逐艦」「フリゲイト」「巡洋艦」の定義もまちまちなので護衛艦=駆逐艦でいいのだという意見もあるが、納税者には分かりづらい。

イズ別に「フリゲイト」「駆逐艦」「巡洋艦」を規定して、それぞれなんの目的で何隻が必要かのポートフォリオを納税者に説明すべきだ。

護衛艦にひと括りにして「巡洋艦」やいずも級のような「ヘリ空母」まで「駆逐艦」と呼んで保有するのでは説明責任を果たしているとは言えない。実際に海自も、既にフリゲイトであるFFMの導入を進めている。どういう目的でこのサイズの艦が何隻、そしてこういうポートフォリオを組むのだという納税者への説明が必要だ。それが文民統制というものである。軍隊が密室ですべてを決めるのであれば旧帝国海軍と同じだ。

イージス艦を大型化して、その分ミサイルを増した「イージス戦艦」にする。あるいは「イージス重巡洋艦」と呼称してもいいだろう。

あたご級はMk.41発射機64+32セルで96発搭載可能だが、これを128セルとか160セルに増す。セルが増えれば、状況に応じた多彩な弾種を搭載できて戦術的な柔軟性は向上し、飽和攻撃にも耐性が高くなる。

その分少ない数の護衛艦でより高い対空戦闘能力を確保できる。1隻あたりのレーダーや基本的なシステムにかかる費用は同じで、ランチャー(とミサイル)コストが2倍になり、船体が多少大きくなるだけなので低コストである。

エンジンも現在の護衛艦の30ノット以上という実用上必要ない高速をあきらめて欧州海軍並みの27~28ノットにすればいい。実際にまや級はそれまでのイージス艦や護衛艦よりも最高速度は低く、30ノットを切ると見られている。そうすれば燃費もよくなり、燃料消費も3割程度は削減できるだろう。極端に言えばまや級の胴体をストレッチすればいいだけの話だ。

この案ならば1隻を建造する場合、既存のイージス艦を2隻造るよりも遥かに安価に上がる。また乗員は既存のイージス艦とさほど変わらないので2隻建造するより遥かに少なくて済む。これは人手不足の海自にとって大きなメリットである。160セル型のイージス戦艦を2隻建造すれば既存のイージス艦4隻分の火力を得られ、4隻建造すれば既存のイージス艦8隻に相当する。

またこれを1隻あたり2組の乗組員を揃えれば、艦の稼働率は大幅に向上する。少なくともイージス艦3隻と同等の働きはできるだろう。

また迎撃用のミサイルを増やすのならば中途半端なDDHであるひゅうが級2隻を転用してもいいだろう。これらは飛行甲板を剥がせば容易に改修してランチャーが搭載できる。しかも改造費も安価だ。そして恐らくは300以上のセルの搭載が可能なはずだ。イージスシステム搭載は無理でもイージス艦からのスレーブで射撃は可能である。またミサイルの一部を対地攻撃用の巡航ミサイルや短距離弾道弾にしてもいいだろう。DDHは新たにいずも級を発展させた、F-35Bの運用可能なものを2隻建造すればいいだろう。

無論「イージス戦艦」は2隻分の戦力があるとはいえ、同時に2箇所には展開できない。だが費用対効果、省力化効果は相当高い。海自の予算とマンパワーを考えれば極めて現実的な選択ではないだろうか。少子高齢化が進み人口も減る我が国で、GDPを維持し、巨額に膨れ上がった国の借金を返しながら、防衛費を大幅に増やすことは不能だ。

また同様に少子高齢化ではなり手の少ない海自の乗組員の定員を増員どころか現状維持すら極めて難しい。であればいたずらに隻数を増やすのではなく、クルー制の本格導入によって、航海日数の低減など乗員の負担を減らして待遇を改善する必要がある。

少なくともこのような案も含めて、海自とミサイル防衛に何が最適解か検討する必要はあるはずだ。

トップ写真:イージス護衛艦「あたご」から発射されるSM-3ブロック1B(日本時間2018年9月12日 ハワイ・カウアイ島の米海軍ミサイル発射試験施設) 出典:海上自衛隊 facebook


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


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清谷信一

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