航空自衛隊 次期初等練習機選定は審査が僅か一ヶ月で試乗もなし
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・防衛省は航空自衛隊のT-7後継機として米テキストロン社製T-6を選定したが、その選定プロセスには疑問が残る。
・選定期間が非常に短く、試乗も行われないまま決定されたことが不透明で、特にT-6選定が米国の影響下で決まった可能性が指摘されている。
・不透明で不公正な入札が続けば、防衛省や自衛隊に対するだけでなく、「日本政府への不信感」も高まり、今後の外交や自衛隊の装備調達にも悪影響を及ぼす可能性がある。
防衛省は11月29日、航空自衛隊の現用の初等練習機T-7の後継として米国のテキストロン・アビエーション・デフェンス社のT-6を選定したと発表した。選定された機体は妥当だが、選定プロセスには大きな疑惑が残る。
候補機は兼松株式会社の提案したT-6、株式会社SUBARU提案のピラタス・エアクラフト社のPC-7MKX、第百商事が提案したターキッシュ・エアロスペース・インダストリーのHurkus(ハークス)の三機種が候補であった。新東亜交易株式会社は地上教育機材のみを提案した。
T-7は富士重工(現スバル)が開発し、2000年度に採用されて、2008年度まで49機が調達された。T-7は2030年度から順次退役していく予定である。
T-6は2025年度から調達が予定されており、調達予定は36機で2030年度までに調達される予定である。調達単価は12.1億円で、シミュレーター6基などの地上機材含めた総額は1336.5億円と見込まれている(為替レートは1ドル=139円と想定)。なお来年度予算において、機体2機及び地上機材で212億円が要求される予定である。ライセンス生産はなく、すべて輸入である。
T-6は1100馬力のターボプロップエンジンを搭載し、上昇性能は毎分1,372メートル、航続距離は1,574キロメートルである。米空海軍の他、多くの国で採用されている実績がある。なお、防衛省によると今般選定されたT-6は次期初等練習機及び地上教育器材の選定にあたって発出した提案要求書に応じて、兼松株式会社が提案した機体であり、既存のT-6のモデルに当てはまるものはない。恐らくはかなり機能を絞った廉価版ではないか。
選定の第1段階評価においては、次期初等練習機、地上教育器材及び後方支援その他に関し、必須要求事項を満たすか否かが評価された。T-6及び関連する地上教育器材並びに株式会社SUBARU提案のP-C-7MKX及び関連する地上教育器材はこれを満たしたが、Hurkus及び関連する地上教育器材はこれを満たさなかった。また、新東亜交易株式会社は地上教育機材のみの提案で機体が含まれておらず、必須要求事項を満たさなかった。
第2段階評価においては、第1段階評価を通過したT-6及びP-C-7MKXについて、一律の基礎点(100点)に付加点(70点満点)を加えた合計を評価対象経費で除して算出し、評価値が最も高かったT-6及び関連する地上教育器材を次期初等練習機及び地上教育器材として決定された。
先に述べたように今回の選定課程には疑問が残る。提案要求書(RfP)の要求が本年8月で、本年2月に企業に説明会があったものの、提出期限が本年10月15日と極めて短い。しかもその後選定決定は11月末であり、1.5ヶ月、実質1ヶ月しか選定期間がなく、試乗も行わなかった。事実上書類審査で決定された。これは空軍の練習機選定としては極めて異例である。このような拙速かつ、いい加減な調達を行なっている軍隊はない。
ただT-6に関しては同盟国の米空軍でも使用されており、航空自衛隊のパイロットも多く搭乗した経験がある。このため、はじめからT-6選定が決定していたと疑われてもしかたあるまい。例えば米国から何らかの圧力があったなどと勘ぐられても仕方あるまい。
まったく空自が試乗すらしたことのないHurkusが選定される可能性はあったのだろうか。実はブリーフィングで試乗について質問があり、その時後ろに控えていた空幕の制服がブリーファーに「我々は米国でT-6に乗った経験があります」というような話を耳打ちしていた。その件をとりあげて、「同盟国の米空軍のT-6には多くの空自パイロットが搭乗しており、知見があり、他の候補と不公平ではないか、少なくともHurkusに空自のパイロットが乗ったことはないだろう」と質するとブリーファーは今の制服の発言は雑音です、私が代表して答えている、私の回答だけを聞いて下さい、と気色ばんだ。そこは制服組に説明させるべきだろう。何のために制服組が3名も後ろに控えていたのか。
しかもその後に、T-6の搭載エンジンに関する質問があったのだが、ブリーファーは答えられず、控えていた制服、背広組も知らなかった。航空機の調達のブリーフィングで搭載エンジンすら把握していないことは大変問題である。これらのことからも、はじめにT-6選定で入札は単なるセレモニーだったのではないかと疑われる。
本来航空機の選定では選んだ複数の候補を実際に飛ばして同じ環境で評価を行う。それには相応の時間とコストがかかる。実際に使用しないとわからないことも多い。例えば座席が日本人の体型に合っているか、海岸近くの基地で運用するならば塩害に対する耐性が求められるし、高山地帯と低地では飛行性能も変わってくる。このため少なくともどこの国でも1〜2年はかけるのが普通だ。
確かにAmazonなどの通販で買うように「書類審査」だけで決定すれば時間も試験費用もかからないだろう。だがメーカーの説明を鵜呑みにし、痛い目にあうことは多々あるのだ。実際にトライアルで使用した場合に不都合が発見されることは多々ある。どこの会社も自社に不利なことをわざわざ申告しない。
またT-7の時代はせいぜい音声無線ぐらいしか搭載されていなかったが、現代のアビオニクスは練習機といえど、複雑化している。ディスプレイの位置や大きさが適正かなどは実際に乗ってみないとわからない。
またこの後に控えているT4中等練習機との関係も気になる。本来初等練習機と中等連中機は教育体系のパッケージとして考えるべきで、別個に調達していいものではない。近年ではT-6などの練習機でも戦闘機と同じコックピットを採用しているモデルも存在する。スイスのようにこのような機体で初等から高等練習までこなしてしまう空軍も存在する。
すでにT-4は老朽化や部品枯渇によって稼働率が相当落ちている。そうであれば、初等練習機と中等、あるいは高等練習機を兼ねた機体を採用することも検討すべきだったのではないか。初等練習機と中等練習機の後継を全く別個に考えるのは合理的ではない。無論、初等練習機と中等、高等練習機を分けるメリットもあるので、それらをよく吟味した上で練習体系を決定すべきだが、筆者には空幕が真摯に検討したようには思えない。
そもそも現用T-7の採用は組織的な官製談合が疑われた可能性があり、透明性、公正性が疑われた。T-3の後継機選定は1998年に始まり、最終的には富士重工(現SUBARU)のT-3改(後のT-7)と丸紅が提案したピラタス社のPC-9が競り合う形となった。結果として、富士重工が途中で大幅な値引きを提案し、契約を獲得した。わずか数ヶ月で大婆なディスカウントが可能であるならば不当に利益を乗せていたことになる。赤字受注であれば株主から訴えられるだろう。しかし、防衛庁はこの点について特に問題視しなかった。
だが1998年、海上自衛隊の次期救難飛行艇開発において、富士重工の会長や中島洋二郎議員らが贈賄容疑に問われるスキャンダルが発生した。これにより、防衛庁は富士重工に1年間の入札参加停止措置を取ったため、次期初等練習機の選定も取り消された。本来であれば、次点にあったピラタス社の案が性能面でも価格面でも問題なかったため、そちらを採用すべきだったがしなかった。ピラタス社のPC-9は世界的に評価の高い名機で、今回採用されたT-6のベースとなっている機体だ。
背景には、どうしても富士重工に契約を取らせたいという意図があったとしか思えない。そもそも、T-7の原型は1953年に初飛行したビーチT-34(これを元にT-3が開発された)であり、設計も時代遅れになっていた。
その後、選定は仕切り直され、富士重工は再びT-3改(後のT-7)を4.89億円で提案した。一方、丸紅は富士重工の前回の突然の値下げを警戒し、より価格競争力のあるピラタス社のPC-7を3.55億円で提示した。しかし、防衛庁は具体的な根拠を示さず、ライフ・サイクル・コスト(LCC)が安いという理由で富士重工案を採用した。
2000(平成12)年に防衛庁と富士重工の間で初等練習機の調達契約が結ばれ、T-7として採用されたが、この案件は疑惑が多かった。総合評価方式が防衛庁で初めて導入されたもので、新しい初等練習機49機のうち2機分の入札が行われた。総合評価方式は、調達する航空機のLCCを含むトータルな性能とコストを評価して決定するものだ。
だが契約は最初の2機分だけの入札で、残りの47機分は2001年度以降、毎年随意契約で調達されることになっていた。これは2機分を安く提示しても、その後調達ではしれっと値上げが可能となる方式だった。しかも最初の2機分は密封(通常の入札で箱に入れ封印すること)されたが、残りの47機分とそのLCC価格は封印せずにファイルで受領し、航空自衛隊に運ばれた。
ピラタス社の価格が安かったにもかかわらず、高価格の富士重工が落札した。防衛庁の説明によれば、3機目以降の機体とLCCは富士重工の方が安く、全体として富士重工の方が安かったという。しかし、決定的な数字は密封されておらず、いつでも差し替えが可能な状態にあった。実際に開札前に数字が差し替えられたことを防衛庁も認めている。このことから、これは防衛省と空幕が組織ぐるみで行った官製談合の可能性が非常に高いといえる。この件についてスイス政府は日本政府に抗議を行った。
民主党議員だった故石井紘基氏は自著『日本が自滅する日 「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!』(PHP研究所、2002年)で、次のように述べている。「私は富士重工との癒着によって不正入札が行われたものと確信する。それを裏付ける内部の証言もある。ちなみに、防衛庁・自衛隊から富士重工への天下り・再就職者は現在四六名であり、さらに、前述の機体整備を下請けしている富士重工の子会社である富士航空整備(株)への再就職者数は一二八名にのぼるのである。私の求めに応じて会計検査院も平成一三年一一月末に検査を完了、ほぼ私の主張通り、数々の不正を指摘した」
会計検査院の検査は、T-7のLCCが安いという主張が虚構だったことを示している。2012年度、空自はT-7の整備費用を、2003年度からの17年間で約21億8300万円と見積もっていたが、実際には導入から僅か8年間で約18億2500万円に達しており、予定金額の約8割に達していたとして改善を求めた。
この報告書によれば、IRAN(Inspection and Repairing As Necessary:航空機定期修理)費用は想定よりも安くなっているものの、他の費用は当初の見積もりよりも大幅に増加している。特に、富士重工の子会社に発注した整備委託費用が約2倍になっている(会計検査院法第30条の2に基づく報告書)。報告書は、「整備作業は全体の約46%であって、過半の整備作業は見積もりの対象とされていないものであった」と述べている。
これは空自が意図的にIRAN以外の費用を見積もりの対象から外していた可能性が疑われる。つまり、富士重工案の採用を前提とした官製談合が疑われる。状況証拠から見れば、空幕はほぼ“真っ黒なグレー”といえるだろう。
空幕の不公正な調達姿勢はその後も全く変わらなかった。空自の救難ヘリの商戦だ。川崎重工業、三菱重工業、ユーロコプタージャパンの三社が提案を行ったが、最終的には現行のUH-60Jの改良型であるUH-60JIIが選定された。当初、空幕は調達単価を23.75億円、LCCを1900億円と設定していた。
だが調達単価は初年度から50億円以上となり、入札価格の約2倍に跳ね上がった。その後も調達単価はむしろ上がっている。そもそも、現行のUH-60Jでも調達単価は40億円以上であり、頑張っても23.75億円にはコストダウンできないはずだ。さらに入札では仕様書には60年代に廃止されたMILスペックが要求されたり、日本独自の基準も盛り込まれていた。これは明らかに外国候補に不利で、三菱重工のUH-60J改良案に有利な条件だった。
この入札が不透明であったため、エアバス社やフランス政府から抗議が寄せられた。筆者はエアバス本社の重役にも取材を行ったが、彼らからは極めて強い憤りを感じた。このような不透明で不公正な入札が続けば、防衛省や自衛隊に対するだけでなく、「日本政府への不信感」も高まるだろう。それは今後の外交や自衛隊の装備調達にも悪影響を及ぼす可能性がある。実際に2015年9月空自の新型空中給油機の入札のための情報提供をエアバスは辞退した。はじめからボーイング案が本命で当て馬であることが明白だったからだ。
この手の単発のターボプロップ練習機の商戦では今回の商戦に参加したテキストロン・アビエーション・デフェンス社、ピラタス・エアクラフト社に加えてエンブラエルが競合として存在しており「御三家」といえる存在だ。エンブラエルのツカノも優秀な機体でT-6と互角の戦いを演じている。T-6を退けて米軍で採用されたもともある。筆者は以前アブダビの軍事見本市、IDEXでエンブラエル社に担当者にインタビューした際に、空自の初等練習機商戦には大変興味があると話していたが何故参加しなかったのか。もしかすると「当て馬」にされることが分かっていたからではないか。
T-6は練習機として優秀であり採用国多く実績もある。その事自体を筆者は否定しない。だが空幕にははじめからT-6採用ありきで、例によって他の候補は当て馬だっだのではないか。そうでなければ、検討期間が僅か1.5ヶ月、実質1ヶ月で搭乗もしないで決定した理由が説明できない。防衛装備の入札は他国から疑念を持たれないように公平な審査体制が必要だ。そうでないと他国から相手にされない世界の孤児になりかねない。
トップ写真:米国のテキストロン社製T-6 出典:メーカー提供
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
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●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)