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.国際  投稿日:2025/1/7

トランプ新政権の日本への意味とは その3 トランプ氏の価値観が伝えられない


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視

【まとめ】

・バイデン政権下では、ウォーク(Woke)という左翼的な価値観の広がりがあった。

・トランプ氏をヒスパニック、若者、黒人が支持。左傾の思考に反対する人たちが意外と多かった。

・トランプ氏の保守思想とイデオロギー、価値観を日本の識者・メディアは伝えてこなかった。

――今回のアメリカ大統領選挙では当然ながら経済の状況も大きな争点となりましたね。現地におられてその経済問題の影響はどうだったのでしょうか。

古森義久 バイデン政権下では経済も深刻な課題となりました。その具体的な形は物価高です。物価がものすごく上がってインフレ率が9%ぐらいになりました。アメリカでは日本よりも車に依存する率が高いから、一般国民はまずガソリンの値段に敏感になります。

ワシントンの周辺では、ガソリン価格は最近はだいたい1ガロン3ドルほどです。個別のガソリンスタンドはみな自分の店の価格を大きく掲げています。このへんはまったくの自由競争、市場経済なのです。その競争のなかで、たまに1ガロン2ドル90セントなどとく表示の店が出てくると、みんなワーッと飛びつきます。その店に給油を求める各種の車がどっと集まってくるのです。一般市民がガソリン価格のわずかの差にも細心の注意を払っていることがよくわかるのです。

一般国民にとって、物価高はやはり最もわかりやすい経済政策の失態として映ります。

だから物価高はバイデン政権の失敗だという認識はやはり党派の区分を超えて広範だったといえます。もっとも当然ながら共和党側はこのインフレ率の高さなどをとにかくバイデン政権の失態として大々的に強調しますから、その効果は巨大となっていったわけです。

バイデン政権下ではものすごい物価高に加えて、不法入国者が激増して治安も悪くなりました。明らかにバイデン政権の政策の失政です。この問題の詳細は前回のこのコラムで述べた通りです。

――バイデン政権下では経済や不法入国者という目にみえて、肌で感じられる問題以外にもアメリカの社会のあり方を左右するような価値観という領域でも独特の流れがありましたね。

古森 はい。バイデン政権のこうした一連の施策、そしてその失敗の背景にはウォーク(Woke)と言われている左翼的な価値観の広がりがありました。この言葉は「覚醒」とか「目覚め」という意味で、アメリカの歴史について、これまでの解釈を根本から変えるような考え方です。どういう骨子かというと、アメリカ合衆国はそもそも悪い国で、ジョージ・ワシントン大統領は悪い人だった。なぜなら奴隷を持っていたからだと、そういう「覚醒」から始まるわけです。そしてその内容を公立学校で教えようとする。同時にLGBTも小学生から教える。キリスト教の教えも抑制、あるいは排除する。

さらに批判的人種理論(Critical Race Theory)という思考も革新派、左派の間で広がりました。この思考はWokeにも似て、アメリカの建国から発展のプロセスでの人種問題を再考、再定義しようと考え方です。その核心はアメリカ合衆国はやはり人種差別の国であり、奴隷とされた黒人の迫害の歴史をもっと綿密に、もっと深刻に位置づけようという主張です。これまたこの思考を公立の小中学校でも教えようという動きが広まったのです。

こうした思考に対して、アメリカという国を作ってきた価値観の中核の人たちとされる層はもちろん反対です。保守層、中間層といえる種類のアメリカ国民です。こうした層はオバマ大統領やバイデン大統領が唱えてきたことに対して、トランプ大統領の主張の方が正しいと考えていたわけです。そういう人たちがアメリカ国民の多数派だった。今回の大統領選挙はそんな結果を明示したのです。

トランプ氏の得票がヒスパニックの人たち、若者、黒人、この三種の有権者層で前回より増えたことも、この価値観の争いでは大きな意味がありました。本来、民主党寄りで、その革新的なリベラルの左傾思考を支持していると思われてきたヒスパニック、黒人、若者たちがトランプ氏への支持を増やしたのです。この変化は左傾の思考に反対する人たちが意外と多かった、という全体の選挙結果の肝要な部分を示したといえます。

アメリカはもちろん、どんどん変わっています。新しい社会の現状、さらには国際的な変化などにも合わせて、変わらねばならないというのも現実でしょう。実際に多くのアメリカ国民が自国の変化を求めているともいえます。ただしアメリカらしいアメリカはやはり保っていこうじゃないかという意見も根強いのです。そういう考え方の人たちが中心になってトランプ候補を支持して多数を制した。これが今回の選挙の最大メッセージだとも思います。

――しかし日本ではトランプ氏がそうしたアメリカを本来のアメリカの姿に保とうとする思想を推進しているという側面はあまり知られていませんね。日本の主要メディアの報道のせいなのかもしれませんが。

古森 その通りだと思います。トランプ氏の基本思想は保守であり、愛国であり、アメリカ合衆国の古きよき部分を主体に建国のイデオロギーを守っていこうという姿勢です。

この種の思想とイデオロギー、価値観をトランプ氏が体現しているという事実は日本側でのアメリカ理解においてはきわめて重要です。日本側の識者や主要メディアの多くはアメリカ側の民主党支援のメディアの論調に引きずられるためか、トランプ氏のこのへんの思想とか価値観にはほとんど触れませんね。

(その4につづく。その,その

トップ写真)スタンフォード大学で開催される「WOKEからアメリカを救う方法」と題したマイク・ペンス元米国副大統領の講演に反対する学生らのデモ 2022年2月17日 アメリカ カリフォルニア 

出典)Justin Sullivan/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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