核保有国の対立、再燃の兆し―インドの報復攻撃とパキスタンの応酬

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#18
2025年5月5日-5月11日
【まとめ】
・インド軍がパキスタン領カシミールをミサイル攻撃し、死傷者が発生。
・両国は互いに情報が錯綜する中で対立姿勢を強めており、緊張が高まっている。
・核保有国同士の報復の連鎖が、地域の不安定化や世界情勢への攪乱要因となる懸念がある。
先週からの(一部の方々にとっては、だが)大型連休も、筆者は前半に米国ニューヨーク出張、後半は関西出張が入り、休みらしい休みがなかった。しかし、これも「仕事を頂ける」という有難いお話なのだから、関係各位には感謝の言葉しかない。トランプ政権の話はもう食傷気味なので、今週はトランプ以外の話を書くことにしよう。
まずはインド亜大陸から。7日にインド軍がパキスタン領内をミサイル攻撃するという、一部で懸念されていた事態が遂に起きた。場所はカシミール、パキスタンとの係争地で、4月下旬に同地方インド支配地域で起きた「テロ」攻撃に対する報復だという。攻撃対象は9カ所、少なくとも10人が死亡・行方不明、35人負傷したそうだ。
CNNは日本時間5月7日朝時点で「情報は錯綜している」と報じた。パキスタン首相は「断固たる措置をとる」と述べ、パキスタン軍がインド空軍機を撃墜し同国の旅団司令部を破壊したとか、インド側も「軍施設は標的とせず」「エスカレーションを伴わない」「慎重な」軍事行動だったと述べた、など今も未確認情報が乱れ飛んでいる。
インド・パキスタン関係は一昔前、文字通り「険悪」だった。外務省中近東二課長時代には何度もパキスタン経由でアフガニスタンに出張した。ある年に安保理非常任理事国選で日本がインドに勝ったことがあった。当時日本の新聞の見出しは「日本勝利」、でもパキスタンでは「インド敗北」が一面トップだったことを鮮明に覚えている。
しかし、最近はインド・パキスタン関係も改善に向かっていた。両国関係は更に改善に向かうか、少なくとも小康状態を保っていくのでは、との期待も高まった。それだけに、今回のインド側攻撃は多くの人にとってショックだったろう。パキスタンはイスラム過激主義、インドはヒンドュー至上主義で、しかも両国とも核兵器保有国だからだ。
今回のインド側攻撃でパキスタンは報復するか、また、それに対しインド側が自制するのか。米中「関税戦争」で世界の製造業地図が塗り替えられるかもしれない時期に、インド亜大陸の不安定化は新たな攪乱要因ともなりかねない。両国間で「核抑止」が機能するかも心配だ。彼らなら本当に使いかねない、という懸念は残る。
もう一つ、今週の大きなニュースは新ローマ法王の選出、「コンクラーベ」である。キリスト教国でない日本ではあまり大きなニュースにならないが、欧米では関心が高い。特に、アルゼンチン出身で、必ずしも厳格な教義に縛られない、前フランシスコ法王の後任が如何なる方針を示すかはキリスト教世界にとって大きな関心事である。
昨年縁があってバチカン市国を訪れたが、ここは非一神教の世界で初めて高度な工業化を成し遂げた民主主義国家・日本がなかなか理解しにくい世界だと痛感した。幸い筆者の中学高校はイエズス会系だったので、カトリックの神父の世界に違和感のない筆者ですら、そう思うのだから・・・。ちなみに前法王はイエズス会出身である。
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
5月6日 火曜日 カナダ首相、訪米
5月7日 水曜日 中国国家主席、訪露(4日間)
ローマ法王選出「コンクラーベ」始まる
独新首相、訪仏
5月8日 木曜日 欧州委員会委員長、ブラッセルでアイルランド首相と会談
5月9日 金曜日 ロシア戦勝記念日
欧州外相、ウクライナを訪問し同国外相と会談
仏大統領、訪仏するポーランド首相と会談
ノルウェーで欧州「共同遠征軍」諸国首脳会議開催(注Joint Expeditionary Forceとは英国をはじめとする北部欧州十カ国で組織する約一万人の部隊)
5月11日 日曜日 アルバニアで議会選挙
5月12日 月曜日 フィリピンで中間選挙
ブラジル大統領訪中(2日間)
最後にガザ・中東情勢について一言。トランプ政権の仲介で一時成立したかに見えたガザ「停戦」も3月中旬以降は「なし崩し的」に崩壊してしまった。
5月4日にはイスラエル閣議でガザ地区「制圧」に向けた軍事作戦拡大が承認され、ネタニヤフ首相は招集した数万人の予備役を投入して、ガザ住民を再び南部に移動させるようだ。
CNNによれば、イスラエル高官は「今回の軍事作戦の目的は人質交渉に関する機会を提供するためであり、来週の米大統領中東訪問後に実行される。
人質解放合意が不成立なら、総力を挙げた軍事作戦が始まり、全ての目的を達成するまで終わらない」と述べたそうだ。要するにネタニヤフはトランプの言うことなど聞かない、ということだ。
これではガザの悲劇は当分終わりそうもない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:Photo by Ritesh Shukla/getty images