無料会員募集中
.社会  投稿日:2025/7/3

名古屋発「IGアリーナ」が描く、未来型リアルエンタメの再定義 世界初の“スマアリ”


松永裕司(Forbes Official Columnist)

「松永裕司のメディア、スポーツ&テクノロジー

【まとめ】

・名古屋のIGアリーナがドコモと連携し、IOWNやWi-Fi 7で世界初のスマートアリーナに。

・専用アプリで来場前後も体験を拡張し、デジタル融合と収益化を狙う。

・名古屋をアジアのエンタメ拠点へ導き、ドコモは国立競技場運営にも展開を目指す。

 

5Gを活用したソリューション考案を使命とされていた事業会社に勤務し始めて以来、「スマート・スタジアム」「スマート・サーキット」などの具現化には常に目を配って来た。しかし「スマート・アリーナ」については、この7月、世界に先駆け日本に誕生する気配だ。

株式会社愛知国際アリーナと株式会社NTTドコモ7月2日、同13日にIGアリーナがグランドオープンすると発表した。名古屋の名城公園に誕生する「IGアリーナ」は、単なる巨大公共施設のスタートではなく、次世代型エンターテインメントの具現化のショーケースとなりえる。NTTドコモとの協業のもと、「通信」「空間」が高度に融合された本施設は、都市開発スポーツビジネス、ライブエンターテインメント、そしてスマートテクノロジーの未来を先取りするプロジェクトとして期待される。


(出典:株式会社愛知国際アリーナ

 最大収容1万7,000人。スポーツ観戦に適したオーバル型と音楽ライブ向けの馬蹄型の両方の構造を兼ね備えた「ハイブリッドオーバル型」アリーナとし、同アリーナは唯一無二の構造を持つ。特筆すべきは、次世代通信基盤である「APN IOWNの導入。これは、NTTグループが推進するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の実用形態であり、極低遅延・大容量の通信を実現。これにより、アリーナと他のイベント拠点をリアルタイムで同期させ、二拠点同時公演といった新たな演出の可能性さえ拓こうと言うのだ。

 これは、開業初年度に1万500人超のアリーナでAPN IOWNを導入する世界初の事例であり、単なるハコモノではなく「分散型ライブ空間」の核として機能することを目指す。加えて、アジアのアリーナで初めて「Wi-Fi 7」を導入。加速度的に高まるコンテンツ共有のニーズに応える形で、SNS投稿やライブストリーミングが可能なミリ波通信網を敷設。観客一人ひとりが“発信者” “メディア”となる現代に則した通信環境を整備する。

 

イベント前・中・後の「体験」を設計するスマートアプリ

 この革新的な空間体験を支えるのが、「IG Arena公式アプリ」。チケットの購入や分配、モバイルオーダー、イベント情報の配信、座席アップグレード、コンテンツ配信など、アリーナ体験のすべてをスマートフォン上に統合したこのアプリは、単なる利便性を超えた「サービスデザイン」の好例となるはずだ。

 注目すべきは、イベント前後のコンテンツ配信により「会場外でも参加できる」体験がデザインされている点。イベントをと足を運ぶ際には、そもそも会場に足を運ぶ「イベント前」、そして「イベント中」、会場を後にした「イベント後」というフローが存在する。しかしアリーナという物理的制約の前にその体験は分断されがちである。アリーナにより遮られた外と中という空間そのものの分断を、アプリを通じて拡張することで、「会場に来ないファン」に対しても新たな価値を提供する。リアルとデジタルのハイブリッド化が進むエンタメ市場において、会場外収益の最大化にも寄与するのが、ドコモの狙いだ。

アプリ経由のモバイルオーダーでは、ドコモのdポイントと連携。デジタル決済とロイヤリティ・プログラムの接続により、消費体験とリピート動機が循環する「ファンエコノミー」の起点としても機能する。ドコモではアプリを外部に開発させるのが通例だが、これを内製した点にドコモの本気を感じさせる。ひょっとすると、まだ初期トラブルなども想定されるが、そもそもこうしたサービスとは導入後により進化させて行くのが、海外では主流。最終的には、サービスの完成度の高さに期待したい。

 

建築×ホスピタリティで再定義される都市型観戦体験

写真)IGアリーナ(建設中 2024年11月)(筆者撮影)

 IGアリーナの外観・内観を手がけたのは世界的建築家・隈研吾氏。樹形アーチをあしらったファサードは、アリーナに訪れる人々に都市のランドマークとして強い印象を残す。館内には、日本各地と世界の料理をそろえた約30の飲食ブースを備え、名古屋名物「天むす」からカオマンガイ、ピタサンドまで楽しめるグルメ空間が広がる。

 一方で、上質な時間を提供するホスピタリティ施設も見逃せない。d CARD LOUNGEは、地元の三河・尾張地域をイメージした内装で、SUNTORYのクラフトジンや神泡ビールを楽しみながら開演を待つ空間。さらにMUFG Suiteでは、専用エントランスとスイートルーム40室を完備し、法人・VIP層向けのエンタメホスピタリティ体験が構築されている。

これらはすべて、アメリカや欧州のアリーナが標準化してきた「観戦を余暇の中心に置く」ライフスタイルの提案だ。つまり、IGアリーナは日本の観戦文化を「体験型レジャー」として再定義し、消費価値を高める挑戦でもある。

 

IGアリーナが起こす都市変革とローカル経済への波及

IGアリーナが立地する名古屋・名城公園エリアは、今後の再開発を見据えた戦略的拠点でもある。アリーナ単体の経済効果に加えて、周辺の飲食・宿泊・交通・インバウンド対応まで含めた“都市全体のブランディング装置”として機能することが期待されている。

プロバスケBリーグ・名古屋ダイヤモンドドルフィンズのホームアリーナとしての活用、大相撲名古屋場所の初日開催など、地域コンテンツとの連動も始まっている。今後、IGアリーナが軸となる形で、外タレ来日時に名古屋公演が組み込まれない、いわゆる「名古屋越え」を許さず、名古屋が「アジアのエンタメ・ハブ都市」としての地位を築いていく狙いが愛知県にもある。

また、ドコモとのパートナーシップを通じて、通信・決済・データ分析といった「スマートシティ的機能」も内包しており、いわばこのアリーナは、未来の都市経済の縮図ともいえる存在だ。

 ドコモはもちろん元々、通信事業会社である。2017年に「スポーツ&ライブ ビジネス推進室」を立ち上げた際は、スポーツとエンタメに活用可能なソリューションを追い求めた。AIによる自動トラッキングによるスポーツデータ生成や、スポーツ動画自動共有再生アプリの開発など数々の実証実験を重ねた結果、導き出したのは、自社によるベニュー運営は不可避という回答だった。東京・有明アリーナの運営などに顔を覗かせつつ、8年の歳月を得て結晶化されたのがIGアリーナだ。

2020年代前半、パンデミックによって打撃を受けたリアルエンターテインメント業界は、今、デジタルとの融合を通じて「次の時代」への進化を遂げつつある。IGアリーナは、その最先端に位置する施設として、観る、参加する、共有する、というすべての行為を最適化する設計が施されている。

このプロジェクトが示すのは、「リアルの力」を最大限に引き出すには、テクノロジーの裏付けとホスピタリティの設計、そして空間と体験の再編集が不可欠だということ。エンターテインメント、スポーツ、都市開発のすべてに関わるプレイヤーにとって、IGアリーナは学ぶべき未来像の縮図となるか。

2026年からはバスケのBリーグが、Bリーグ・プレミアへと進化する。これに伴い、現在日本各地で新アリーナの建設が推し進められている。IGアリーナは、こうした潮流の中で「世界初のスマアリ」となり、今後のスポーツの、エンタメの未来を牽引する象徴として船出するのか、多大なる期待を寄せている。

 

ドコモは25年4月から株式会社ジャパン・ナショナルスタジアム・エンターテイメントの代表企業として国立競技場の運営にも乗り出している。IGアリーナの成功を持ってして、より大きなスタジアムへの技術注入も視野に入る。悪しき「ハコモノ行政」が、2025年からスポーツ・エンタメ・ビジネスの成功体験への転換期となるのか。果たして、いかに。

 

トップ写真:株式会社愛知国際アリーナ




copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."