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.社会  投稿日:2025/7/24

国立大学病院の「赤字」問題と「補助金依存」からの脱却


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 

【まとめ】

・国立大学病院の経営悪化が深刻化し、赤字が過去最大に。

・東大病院も多額の補助金・交付金に依存し、赤字経営が続く。

・補助金頼みから脱却し、効率的な経営と自立が求められる。

 

大学病院の経営が悪化している。福島県唯一の大学病院は福島県立医科大学附属病院だ。同大学の経営が悪化することは、福島県の医療体制の混乱に直結する。今後、どうなるのだろうか。本稿で解説したい。

まずは、日本の大学病院の経営の概要だ。5月9日に発表された国立大学42病院の2024年度収支決算の速報値によると、42病院の合計で213億円の赤字で、前年度から187億円悪化していた。

この発表は、マスコミ関係者の関心を集めたようで、7月9日、テレビ朝日は『報道ステーション』で、この問題を大きく取り上げた。翌日、ウェブには「「診療報酬引き上げを」老朽化した院内の修繕できず…国立大学病院“過去最大の赤字”」という記事がアップされ、「医療の進化のために大学病院として取り組まなければいけないが、経営的には、決してメリットの大きなものではない。むしろ、持ち出しの方が、どちらかというと多い」という関係者の主張が紹介された。

この番組には、田中栄・東京大学医学部附属病院長も出演し、同病院の窮状を訴えた。東大病院は、日本を代表する大学病院だ。4月に国際ニュース週刊誌『Newsweek』が、WORLD’S Best Hospitals 2025を発表し、日本版ランキングで5年連続トップとなった。

ご多分に漏れず、東大病院も経営の危機にある。東大病院を分析することで、大学病院が抱えている問題が理解できる。詳細をご説明しよう。

2023年度の東大病院の業務収益は670億円だ。内訳は医業収益522億円、運営費交付金43億円、受託研究費収益41億円、寄付金17億円、共同研究収益13億円、補助金12億円だ。

東大病院も懸命に経営努力している。前年と比べ、医業収益が16億円(3.7%)増えて、コロナ収束による22億円(64%減)の補助金の減少を穴埋めした。運営費交付金の増額などもあり、業務収益は2.4億円の増収となった。

一方、業務費用は前年度から11億円増の684億円だった。診療経費が15億円、人件費が2億円の増加だ。前者は円安・物価上昇の影響を受けている。この結果、差し引き、14億円の赤字となった。前年度(5億円)に続き、2年連続である。

医業収益を上げ、人件費増を抑制している。それなのに赤字だ。『報道ステーション』の主張は一見もっともだ。ただ、私は、このような論調に賛同できない。

注目すべきは、東大病院がすでに相当優遇されていることだ。2023年度の場合、運営費交付金・補助金を合計して55億円を受け取っている。もし、これがなければ69億円の赤字だ。

確かに、大学病院には先端医療を研究開発するという使命がある。明治以来の歴史的な経緯もあり、東大病院に国民は大きな期待を寄せている。ただ、現在の日本で毎年69億円の税金を東大病院の「赤字」の補填に投入することは合理的なのだろうか。

私は東大病院が、今後も研究開発を推し進めるなら、もっと合理的な対応が必要だと考えている。それは「選択と集中」だ。

実は、現状でも先端医療機関の全てが赤字の訳ではない。物価が高い都内でも黒字経営を維持しているところもある。その一つが、心臓病の専門病院である榊原記念病院だ。同病院を経営する公益財団法人榊原記念財団の2023年度の財務諸表によると、204億円の経常収益をあげ、9.7億円の黒字を計上している。受け取った補助金はわずか1億円にとどまる。つまり、榊原記念病院は補助金がなくとも黒字だ。同院は、自己資本比率を過去4年間で27%改善し、実質的な無借金経営を続けている。

東大病院も榊原記念病院も、高度先進医療を提供するという点では同じだ。経営陣も元東京大学第三内科教授の矢崎義雄理事長をはじめ、多くの東大医学部卒が名を連ねる。それなのに経営状態は対照的だ。東大病院のシステムが悪いと言わざるを得ない。

これは東大病院が提供する高度医療を必要とする年齢層が減少しているからだ。がんや心臓病などで手術を受ける患者の大半は70代前半以下だ。団塊世代の高齢化と共に、この世代の数は急速に減少している。縮小する「市場」で生き残るには、選択と集中が欠かせない。東大病院は、榊原記念病院やがん研有明病院との競争に敗れ、恒常的な赤字体質となっている。今後、需要が急増する在宅医療や80歳代以降のプライマリケアは、先進医療のような「高い収益性」が期待できず、大きな固定費を賄えない。つまり、東大病院は、ビジネスモデルが時代に適合しなくなっている。これが問題の本質だ。

では、福島医大はどうか。同大学は、東日本大震災以降、現在に至るまで急成長を続けている。経常収益は2019年度の610億円から2023年度には662億円、附属病院収益も2019年度の342億円から、2023年度には367億円へと増加している。いまや大学の経営規模は、名門の総合大学である金沢大学や新潟大学を凌ぐ。附属病院の経営規模も東大病院の約7割だ。

短期的な安全性指標である流動比率は、2019年度の99.7%から2023年度には141.9%へと改善している。長期的な安全性を見る固定長期適合率も100.1%から90.2%に改善し、設備投資の裏付けも強化された。自己資本比率も34.1%から45.7%に上昇し、財務の安定性は高まっている。昨今の物価上昇や診療報酬抑制の影響により、2023年度に約7,139万円の経常損失を計上したものの、経営は順調と言っていい。

福島医大の問題は、収益面で一定の安定性を示しているものの、経常収益に占める補助金・交付金の割合が年々増加し、補助金依存が強まっていることだ。補助金は2019年度の37億円から2023年度には69億円にまで拡大し、経常収益に占める割合も約25%から31%に上昇している。東大病院の補助金依存率(8.2%)を遥かに凌ぐ。財政構造が補助金に大きく依存していることが明らかである。

これは、大学のあり方そのものに関わる重大な問題だ。立花隆氏の著書に『天皇と東大』がある。医療ガバナンス研究所で学ぶすべての大学生にこの本を読むように指導している。

立花氏が強調するのは、明治時代の日本において、東大と国の関わりが真剣に議論されていたことだ。当時の新聞は、大学の真の独立を実現するには、理念や制度だけでなく、経済的独立が不可欠との記事を繰り返し掲載した。特に法科大学が官僚養成所として機能していた状況を問題視し、法学部の廃止と私立化を提案した。医科・理科・工科の分野は巨額の資金が必要なため、国から基本資産として資金を提供し、その利子で運営する仕組みを提案している。これは現金でなく「大学基金公債」としてもよく、東京大学・京都大学の運営費(東大は年間73万円、京大は56万円)から見積もれば、2000万円の基本資産で足りるという。検討に値する金額だったが、実現しなかった。

戦後、大学の制度的独立はある程度達成されたが、経済的自立は実現されず、現在も文部科学省の予算を通じた支配が続いている。

この事は、いまから検討しても遅くはない。文科省が設立した卓越大学支援基金は、最大10兆円規模を目指す大学ファンドで、運用益により研究大学を長期的に支援する。2023年度には約9,934億円の収益を上げ、2024年度には東北大学に約154億円を交付した。

現在は、文部科学省が管理しており、大学は彼らへの陳情を繰り返している。知人の東大教授は、「卓越大学に認定されれば、大学は経常赤字の穴埋めができると考えている」という。果たしてそれでいいのだろうか。

国立大学の運営費交付金の総額は約1兆だ。10兆円の資金を運用すれば、十分に運用益で賄える金額である。卓越大学支援基金は税金だ。その使い道は、国民目線で考えるべきである。

国立大学が低迷する中、私立大学の中には、経済的および学問の自立を目指そうとしているところもある。慶應義塾大学と帝京大学である。2023年度の「基本金繰入前当年度収益差額」(大学の本業による収支の最終的な黒字額)を示は、慶應は145億円(前年比28%増)、帝京は87億円(同89%増)に上る。両大学の特徴は、資産運用による収入が極めて多い点にあり、慶應は86億円(前年から37億円増)、帝京は129億円(同66億円増)と大幅に伸長している。

福島医大の経営は順調だ。ただ、国に依存する限り、いつかはしごを外される。今こそ、規模縮小しても良いので、経営を効率化し、政府に陳情することなく、独自に地元のために貢献できるような大学へと脱皮すべきである。

 

トップ写真)東大病院 出典)GettyImages/ winhorse




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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