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.国際  投稿日:2025/12/25

空母と財政法が問う主権:フランス「第三の道」のジレンマ


Ulala(著述家)

【まとめ】

・フランスは次期原子力空母PANGの建造を通じ、米中いずれにも過度に依存しない「第三の道」として、軍事的主権と国際的発言力を維持しようとしている。

・一方で、予算不成立による特別財政法の適用や債務拡大、社会的反発など、国内の財政・政治基盤は弱体化しており、対外的な強硬姿勢との乖離が深刻化している。

・中国との関税応酬やメルコスール協定を巡る農民の抗議が示すように、主権を守るには軍事力だけでなく、経済の強さと国内合意を両立できるかが最大の課題となっている。

 2025年12月21日、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビに位置するフランス軍基地において、エマニュエル・マクロン大統領は現代の国際秩序の本質を突く象徴的な宣言を行った。「弱肉強食の時代(捕食者の時代)において、恐れられるためには強くなければならない。特に海において強くあるべきだ」という言葉は、軍事的な抑止力のみならず、経済的、政治的な主権を維持するためのフランスの不退転の決意を表明したものである。この演説の核心は、フランス海軍の現行空母「シャルル・ド・ゴール」の後継となる次世代原子力空母(PANGの建造を正式に表明したことにある。  

 PANG計画は、2038年の就役を目標としており、欧州で最大級の規模を誇るこの軍艦は、フランスが大国としての地位を維持し続けるための象徴的な「動く基地」となる。空母は、他国の海外基地に依存することなく、独立して航空戦力を世界中に展開できる唯一の手段であり、常に圧力をかけ続けることが可能なこの力こそが、フランスの国際的な発言力を支える基盤となるのである。  

 しかし、この壮大な軍事計画の背後では、フランスでは今、財政や政治の弱さがこれまで以上にはっきり表面化していてきている。2026年度予算案が議会で否決され、政府が「特別財政法」という暫定的な仕組みで、年明けを乗り切る準備を進めている最中の発表であったことは、対外的な力の誇示と対内的な統治の危機という深刻なパラドックスを象徴しているかのようだ。さらに、中国との貿易摩擦による関税の応酬や、メルコスール(南米共同市場)協定をめぐる大規模な農民デモなど、経済面でも「弱肉強食」の世界に直面しており、フランスは国家の主権をいかに守るかという課題が山積みな状態だ。  

フランスにも日本にも重要な空母計画

 フランス軍トップが危機感を抱いているのは、現在のフランス空母戦力がシャルル・ド・ゴールの1隻のみに依存している現状である。報告によれば、1隻体制での可用性は約65%に留まっており、定期的なメンテナンスや改修期間中には、フランスは空母による戦力投射能力を完全に喪失することになる。後継艦であるPANGの建造が遅延すれば、2038年のシャルル・ド・ゴール退役までに戦力が空白化するリスクがあり、これはフランスの軍事的な抑止力に致命的なダメージを与えかねない。  

 また、この計画はフランスの国内産業にとっても極めて重要な意味を持つ。PANG計画には約800社のサプライヤーが関与しており、その80%は中小企業(SME)である。この巨大な防衛プロジェクトを継続することは、原子力、航空宇宙、造船というフランスの高度な産業基盤と技術的知見を今後数十年にわたって維持し、数千人の雇用を守るための産業政策としての側面も強い。  

 マクロン大統領がPANG計画の発表をUAEのアブダビで行ったことは、単なる軍の激励以上の地政学的な意味を含んでいる。アブダビはホルムズ海峡に近い戦略的な要衝であり、ここに前方展開するフランス軍の拠点を強調することは、世界のエネルギー貿易航路の安全保障に関与し続けるというフランスの明確な意志表示であるといえるからだ。  

 さらに、PANGの計画発表は、日本にとっても極めて重要な動きだといえるだろう。日本が提唱し、現在では米欧を含む国際社会の広範な支持を得ている「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の実現において、欧州で唯一、定常的な軍事力投射が可能なフランスの存在は欠かせないからだ。  

 フランスはインド洋と太平洋に海外領土を持ち、180万人の市民が居住し、世界第2位の排他的経済水域(EEZ)の90%以上をこの海域に保有する「インド太平洋国家」である。米中対立が激化する中で、フランスは米国の盲目的な追従でもなく、中国への過度な依存でもない「第三の道」を模索しており、自らの主権的判断に基づいて行動できる空母打撃群(CSG)はこの戦略の要石となる。  

 日本とフランスの間には、日米同盟のように「お互いを守る」と約束した相互防衛条約は存在しない。しかし近年、部隊の往来や共同活動を円滑にするための「円滑化協定(RAA)」の交渉を始めるなど、防衛協力を急速に強めており、今回、フランスが次期空母PANGの建造を正式に表明したことは、米中対立が強まる状況下で、「欧州で本格的な海軍力を持つフランスも、この地域の安定に継続して関与する」という政治的メッセージとも受け取れる。このことが地域の安全保障環境に与える影響に注目したいところだ。

国内財政の危機と 「特別財政法」 の苦肉の策

 マクロン大統領がアブダビで強気の言葉を発していたのと同時期、パリでは政府が2026年度予算案の不成立という事態に直面していた。フランス政府は、2026年の年明けから国を止めないための暫定措置として、憲法47条および財政組織法(LOLF)45条に基づく「特別財政法」の適用準備に入った。  

 特別財政法とは、新たな政策を推進するための予算を認めるものではなく、公務員の給与支払いや税の徴収、最低限の公共サービスの継続を可能にするための「現状維持」の法律だ。2025年度も同様の措置で凌いだ経緯があるが、2年連続で「真の予算」がないまま年度を開始することは、フランスの行政能力と政治的安定性が深刻に損なわれていることを示している。  

 この予算の行き詰まりの中で、10年以上先まで続く巨額のPANG計画を前面に出したことは、国内で強い反発を招いている。中道派や穏健左派の議員からは、国民1人あたり約5万ユーロの負債を抱え、利払い費が教育予算を上回る現状において、象徴的な軍事投資よりも国内の社会保障や公共サービスの立て直しを優先すべきだとの声も一部であがった。セバスティアン・ルコルニュ首相は、憲法49条3項(採決なしの法案通過)の使用を拒否し、議会との妥協を模索しているが、年金改革の凍結など社会主義者への譲歩を余儀なくされており、現時点では、財政再建の道筋は極めて不透明だ。  

経済戦争としての「弱肉強食」と中国の関税攻勢

 マクロン大統領が述べた「捕食者の時代」という言葉は、軍事的な衝突よりも、むしろ経済的な貿易戦争の文脈において、より身近な脅威としてフランス国民に迫っているかもしれない。現在、フランスが最も恐れているのは、米国が関税による市場保護を強め、行き場を失った中国の過剰生産品が欧州に流れ込むことで、欧州が世界市場の「調整市場」にされる未来である。  

 2025年12月23日から、中国政府はEU産の一部乳製品に対し、最大42.7%の暫定的な反補助金関税を課すと発表した。これは、EUが中国製電気自動車(EV)に対して追加関税を課したことへの直接的な報復措置と捉えられている。  

 対象となる乳製品には、フランスが誇る伝統的なチーズである「ロックフォール」も含まれており、フランスの生産者にとってこの措置は単なる外交上の応酬ではなく、地方の生産現場における売上と雇用の喪失に直結する死活問題だ。中国市場は2024年時点で約5億8,900万ドルのEU産乳製品を輸入しており、特に関税率の高い企業(42.7%)は、ニュージーランドなどの競合他社に市場を奪われるリスクにさらされている。  

メルコスール協定と農民の反乱

 経済的な「弱肉強食」の圧力は、中国との対立だけでなく、EUが推進する自由貿易協定そのものからも生じている。その焦点となっているのが、ブラジル、アルゼンチンなどの南米経済圏(メルコスール)との自由貿易協定である。  

 フランスの農民が最も恐れているのは、環境規制や農薬使用制限、トレーサビリティといった厳しいEU基準を遵守していない南米産の安価な牛肉や鶏肉が大量に流入し、価格競争で欧州の家族経営型農業が崩壊することである。  

 2025年12月18日からフランス国内では「NO MERCOSUR」や「RIP AGRI(農業の安らかな眠りを)」と記された棺を掲げたデモが広がり、主要道路の封鎖が続いている。農民たちは、政府が牛の感染症(ランピースキン病)への対応で不十分な補償しか行わない一方で、貿易のために自国農業を「犠牲」にしようとしていると憤っているのだ。

 EU内部では、ドイツや北欧諸国が工業製品の輸出拡大や、中国に依存しない重要鉱物の確保のためにメルコスール協定を早期に締結したい考えであるのに対し、フランスはイタリアと共に延期を求めている。マクロン大統領は、農業分野でのセーフガード(緊急輸入制限)や農薬規制の同等性を求めて署名を2026年1月に先送りさせたが、これは国内の反発を一時的にかわすための時間稼ぎに過ぎないとの見方もあり納得しない農民も多い。

地政学的野心と国内の乖離をどう埋めるか

 フランスが直面している課題の本質は、マクロン大統領が描く「強く、恐れられるフランス」という地政学的な野心と、それを支える国内の経済基盤および政治的合意との間の深刻な乖離である。  

 PANG計画は、単なる兵器の導入ではない。それは、フランスが21世紀後半においても、米国や中国の言いなりにならず、自分たちの判断で動ける力をこれからも保つという方針を示すものだ。空母を保有し続けることは、同盟国に依存せずに自国の国益(例えばインド太平洋のEEZ)を守り、危機が起きたときに、他国に頼らず自国の判断で、必要な場所へ軍を送って行動できるという意味である。力が物を言う時代において、自由と独立を守るには強さが必要というのがフランスの考えなのだ。  

 しかし、その「盾」を構築するための費用は、現世代のフランス国民が直面している生活の苦しさと財政難という「槍」によって攻撃されている。特別財政法による予算の綱渡りと、地方のロックフォール生産者の窮状、そしてメルコスール協定に反対する農民の怒りは、すべて「何を守るために、誰がコストを払うのか」という根本的な問いに集約される。  

 2025年12月のフランスの動きをまとめると、「主権をどう守るか」をめぐってフランスが悩みながら対応している姿が見えるのである。マクロン大統領がアブダビで示したのは、PANG(次期空母)を整備して、軍事面では自国の判断で行動できる力を保つという考えである。だが経済面では関税や貿易の決定権はEUの共通ルールに置かれており、フランス一国だけで自由に動かせる政策手段ではなくそちらには強さを見せきれないでいる。

 このように軍事と経済で条件が違う中で、フランスは国際社会で強い立場を示そうとしているのだ。だが国内では予算が決まらず、政策を動かしにくい状態になっており、その弱点が足かせになっているのである。中国がEU産乳製品に追加関税をかけた問題や、EUとメルコスールの通商合意をめぐる混乱が示すのは、力関係が前面に出る時代では、軍事力だけでなく、景気の悪化や外圧に耐えられる経済の強さと、国内で意思決定を進めるための国民的な合意が同じくらい重要だということではないだろうか。

 PANGは、2038年に「自由の公海」を航行する予定である。しかし、その空母が真にフランスの力を象徴するものとなるためには、その建設過程において、国内の農民や納税者、そして議会という「民主主義の荒波」を乗り越えなければならない。フランスと日本の双方が共有するインド太平洋の未来は、この難問に対してマクロン政権がどこまで経済を強く維持できるか、国内での意思決定をどう動かせるかにもかかっている。

参考資料)

ブリエンヌ館(国防省)からの軍への演説|エリゼ宮

「捕食時代」における、時宜を得たフランス時期空母の発表

防衛:予算行き詰まりにもかかわらず、時期空母にゴーサイン

インド太平洋:フランスにとっての優先事項ー欧州・外務省

仏が次世代空母建造へ、シャルル・ドゴール後継 38年までに運用開始

なぜフランスは麻薬取引との「戦争」においてアラブ首長国連邦を必要としているのか

中国、EU産乳製品に最大47.2%の暫定関税を課す方針

農民がブリュッセルで大統領抗議、EU・メルコスール協定は延期

決議案第182号ー第17回立法期 国民議会

写真)仏原子力空母シャルル・ド・ゴール  2014年10月29日 トゥーロン港

出典)jeangill/GettyImages




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