北朝鮮最高人民会議第15期体制の特徴(下)
執筆者:朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【本稿のポイント】
・金正恩国務委員長は、最高人民会議演説で、政権機関の機能強化を掲げ、人事刷新と政府機構の改編を実施した。
・趙甬元の権力集中や金与正の国務委員会からの除外など、人事を通じて権力構造の再編が進んだ。
・検察機関の格上げや外務省改編など、統治・対外政策に関わる制度変更が行われた。
・最前線部隊の指揮官交代など軍事面でも再編が進められ、韓国への対応強化が示唆された。
北朝鮮は第15期最高人民会議において、国家運営体制の刷新を進めた。平壌の国家機関を中心に、政権機関の機能強化と統治体制の再編を目的とし、人事の刷新、政府機構の改編、軍・治安機構の再編などが実施された。混沌とする世界情勢のなか、新たな動きを見せる北朝鮮と、それを取り巻く東アジア情勢を、コリア国際研究所所長朴斗鎮氏が考察した。(Japan in-depth編集部)
金正恩国務委員長は、最高人民会議の演説で「共和国政府が当然注意を払うべき課題は、朝鮮式社会主義の建設における次の段階の発展を力強く主導できるように政権機関の活動を改善することだ」としながら、人事の刷新と政府機構の改編を行った。
15期最高人民会議での注目人事
①最高人民会議常任委員長兼国務委員会第一副委員長に趙甬元
9回党大会に続き今回の最高人民会議でも趙甬元(チョ・ヨンウォン)の急上昇が目立った。 9回党大会で政治局常務委員職を維持した趙甬元は、今回の最高人民会議で最高人民会議常任委員会委員長だけでなく国務委員会第1副委員長にも選出された。14期は国務委員に名を連ねるだけだったが、最高人民会議常任委員会委員長兼議長と国務委員会第1副委員長の2つの権力を手にした。これで趙甬元は、金正恩から党と政府の実務を任された形となり名実ともに北朝鮮の実力者となった。
②国務委員会から抜けた金与正
金与正は、9回党大会で総務部長に昇格したものの今回の第15期第1回最高人民会議では国務委員会委員から外された。それも国務委員が7人から11人に増員された中での解任だ。国務委員会は国家の全般事業を遂行する最高国家機関である。金与正が国務委員から除外されたということは様々な意味を内包する。金与正に取っては辛いことだったかもしれない。彼女の政治的地位の後退との評価もあるが、金正恩の妹である。彼との関係に溝が生じない限りそうした評価は的を得ているとは言い難い。
③金徳訓の残留と李善権の転職
もう一つ注目されるのは金徳訓(キム・ドクフン)の生存だ。14期内閣総理・党政治局常務委員だった彼は2024年12月党中央委全員会議(8期11回)で解任された。後任の内閣総理に朴泰成がなった。その後暫くの間金徳訓は姿を現わさず粛清説まで出回った。
総理退任後、経済担当書記・党経済部長として経済部門を支えていたが、今年の1月19日、金正恩が龍城機械連合企業所の竣工式場で、内閣副首相楊スンホを公開的に批判し解任したが、この時、金徳訓についても「政策指導を怠った」と強く批判した。
金正恩の度重なる内閣批判で9回党大会と今回の最高人民会議が注目されたが、政治局員としての地位を維持し、国務委員(前期は副委員長)として内閣第一副総理(前期内閣総理)にも任命された。北朝鮮最高指導部の一員として生き残った。金正恩が彼の実務能力を依然として評価していると思われる。金正恩の指導部飼いならし統治方式が再現されたのだ。統一戦線部長で対南事業を担当していた李善権も粛清されず、最高人民会議常任委員会副委員長としてその名を残した。
政府機構と軍の改変
①社会安全省と情報工作機関の呼称変更
金正恩は演説で、国内の治安維持や法制度の整備を強化する目的で新たに「警察制度」を導入する方針を表明した。「警察という言葉自体は問題ではない」と強調し、制度の専門化・細分化の必要性を訴えた。あわせて偵察総局など情報機関の名称を「国家情報局」に変更する動きも見せている。
②外務省の改編
外務省にも廃止された統一戦線部の一部機能が移された。統一放棄、韓国敵国、南北2国論に伴うものと思われる。この改編に伴って党10局長のチャン・グムチョルを次官に配置した。今後は韓国を外国として扱い、これまでの統一戦線部機能を活用するものと見られる。
③検察の格上げ
今回の最高人民会議人事で目を引くのは、最高検察所所長(キム・チョルウォン)を国務委員会委員に任命したことだ。最高検察所所長は任命し、最高裁判所所長は選挙して金正恩の検察重視の考えが明らかとなったが、特に注目されるのは、キム・チョルウォン最高検察所所長が国務委員会委員に任命されたことだ。これはこれまでに見られない破格的人事といえる。今回の15期国務委員会の構成を見ると、内閣の副総理すら国務委員になれない構成だ。少なくとも内閣第1副総理(キム・ドクフン)程度にならなければ国務委員に任命されない。
金正恩は、過去14期では、金与正を国務委員に選んで驚かせたが、今回の15期では検察首長を国務委員に抜擢して驚かせた。金正恩は検察の地位を破格的に格上げして検察の役割をより強化しようとしている。
④最前線指揮官の大幅交代
北朝鮮が南北軍事境界線に接する最前線部隊の指揮官を大幅に交代させた。北朝鮮の朝鮮中央テレビが放映した9回党大会を記念する閲兵式(軍事パレード、2月25日)の録画から、4つの最前線部隊のうち第1を除く第2、第4、第5軍団の指揮官が交代したことがわかった。
朝鮮中央テレビは、最前線部隊が登場すると韓国に対する敵対心をあらわにして、「祖国の南部国境を死守する共和国武力第一線の集団の出現で会場が震撼している」と伝えた。
北朝鮮が、南北非武装地帯の軍事境界線以北に地雷の埋設や鉄柵の設置を行って要塞化を進めるなかで指揮官まで交代させたことは、韓国に対する備えを再整備する意図と見られる。
(上はこちら)
■北朝鮮の変化を紐解くFAQ
Q.今回の人事刷新の中心的な特徴は何か?
A.趙甬元が最高人民会議常任委員長兼国務委員会第1副委員長に就任し、党と政府の実務を担う実力者として台頭した点。また、幹部配置を通じて金正恩体制の統治構造が再編された点も挙げられる。
Q.金与正が国務委員会から外れたことはどのように評価されているか?
A.国務委員が増員される中での除外であり、政治的地位の後退との見方がある。ただし、金正恩の妹という関係から、単純な権力低下と断定することは早計であると指摘されている。
Q.金徳訓の人事はどのような意味を持つか?
A.一時は解任や批判を受けたものの、最終的には政治局員・国務委員として復帰し、内閣第一副総理に任命された。これは金正恩が実務能力を評価しつつ統制する統治スタイル「指導部飼いならし統治方式」の再現を示している。
Q.政府機構の改編ではどのような変化があったか?
A.警察制度導入の方針が示され、治安機構の専門化が進められた。また、情報機関の名称変更や外務省への機能移管が行われ、対外政策や統治体制の再編が進められた。
Q.検察機関の扱いはどのように変化したか?
A.最高検察所所長が国務委員に任命されるなど、検察の地位が大きく引き上げられた。これは従来にない人事であり、検察機能の強化を重視する姿勢が示されている。
トップ写真)ベトナムを訪問した金正恩総書記
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

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