尹錫悦大統領勾留取り消しとその背景

コリア国際研究所所長 朴斗鎮
【まとめ】
・尹大統領の勾留は違法手続きが理由で取り消された。
・公捜処には内乱罪の捜査権限がなく、逮捕手続きも違法だった。
・検察は公捜処と裁判所の違法行為を捜査している。
韓国尹錫悦(ユン・ソンヨル)大統領は3月7日午後、勾留を取り消され、8日午後釈放された。検察側は、即時抗告で執行停止措置を取ろうとしたが、即時抗告による措置は憲法に反するとした憲法裁判所判決(2012)に従いこれを断念した。
勾留取り消しでソウル中央地方裁判所は「捜査過程の適法性に疑問の余地がある」と述べた。尹大統領側は、これまで「内乱罪の捜査権がない高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の捜査は違法で、それに伴う証拠収集と勾留・起訴も違法」と主張してきたが、裁判所がこの部分を受け入れたのだ。1月15日の身柄拘束から51日、1月26日の起訴から40日での釈放決定となった。
■「勾留取り消し」の経緯
尹錫悦大統領は、「非常戒厳」宣布(昨年12月3日)とそれに伴う一部軍隊の中央選挙管理委員会と国会への動員によって、「内乱首謀罪」容疑で1月15日に身柄を逮捕拘束され、1月26日午後に起訴されていた。尹大統領側はこれを違法として勾留取り消しを請求。ソウル中央地裁は1月20日に審問を行った。
審問で、尹大統領側は、勾留期限については時間単位で計算すべきとして1月25日を勾留期限と主張。勾留期限が過ぎた26日の起訴による勾留は違法だとした。また、そもそも「内乱罪」の捜査権限を持たない「高位公職者犯罪捜査処」(公捜処)の捜査は違法だと主張した。そして尹大統領側は、「非常戒厳宣言は正当な行為であり、内乱罪は成立しない」とし、「証拠隠滅の恐れもない」と主張した。
これに対して検察側は、勾留期限は日にちで計算すべきとし、尹大統領を26日に起訴したのは適法と主張し反論した。その根拠として、刑事訴訟法や過去の判例をあげた。また「起訴後、何の事情変更もなく依然として証拠隠滅の懸念が大きい」として、在宅事件として裁判を行えば、関係者や側近などとの面会が多くなる恐れがあるなどと指摘した。
これを受け裁判所は、熟慮する必要があるとして結論を先延ばしにしていたが、3月7日になって尹大統領側の主張を受け入れ、勾留取り消しを決定したのである。
写真)ソウルで集会を開く尹錫悦大統領の支持者:2025年3月8日
出典)Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
■ 「勾留取り消し」の理由
勾留取り消し理由について、ソウル中央地裁の池貴然(チ・ギウィヨン)裁判官は、まず、起訴された時点が勾留期限を過ぎた後だったとする尹大統領側の主張を認めた。地裁は勾留期間について、日にち単位ではなく、時間単位で計算するのが妥当だとした。
*検察は、これまで日にち単位だったとしているが、裁判所はもともと時間単位だった。これまでは日にち単位の計算でも時間単位の計算でも勾留期限を超えた起訴例がなかったため、検察と裁判所の計算での対立はなかった。しかし今回は、初めてその差が問題になったために、裁判所は自らの基準である時間単位を適用した。
また、勾留期限内に起訴されていたとしても、今回の場合、勾留の取り消しは認められるとした。その理由として、「尹大統領を内乱容疑で逮捕した独立捜査機関『高位公職者犯罪捜査処(公捜処)』の捜査範囲に内乱罪が含まれていないこと、公捜処と検察が互いに独立した捜査機関であるにもかかわらず、法的根拠もなく協議して勾留期間を分け合って使用(10日づつ)し、その過程において身柄を引き渡す手続きが行われていなかったことなど、捜査過程の適法性に疑問の余地があるため、勾留取り消しは妥当とした。
そして、こうした手続き上の違法性を抱えたまま裁判を進めた場合、裁判自体が成立しない可能性があり、大法院(最高裁)判決が下されたとしても、再審請求が求められる可能性もあるとも指摘した。
■「勾留取り消し」をもたらした「違法」の中身
尹大統領釈放をもたらしたのは、検察の「期限切れの起訴」だったことが主要な理由ではない。決定的なのは、拘束過程での違法である。
第一は、捜査を行った『高位公職者犯罪捜査処(公捜処)』に「内乱罪」捜査の権限がなかったということだ。
公捜処は昨年12月9日、検察と警察に対して事件の引き渡し要請権を発動。検察は1週間後に事件を引き渡し、公捜処が尹大統領の逮捕と拘束など捜査を主導してきた。公捜処は、「職権濫用罪」捜査に絡めて「内乱罪」捜査を進めたが、「内乱罪」に対しては捜査権限がなく、「職権濫用罪」については、そもそも大統領に不逮捕特権があるので捜査できるものではなかった。また、その「職権濫用罪」での捜査形跡すらなかったのだ。最初から「内乱罪」捜査を目的とした違法捜査だった。
公捜処は、「職権乱用権利行使の妨害に関連した犯罪であるため、内乱罪も捜査できる」との論理を前面に打ち出していたが、ソウル中央地裁は「公捜処法などの関連法令に、(内乱罪捜査権に関する)明確な規定がなく、これに関する最高裁の解釈や判断もない」との違法認識を示し一蹴した。
第二は、公捜処が尹大統領の逮捕・拘束過程で犯した様々な違法行為だ。
主なものとしては
①管轄裁判所であるソウル中央地裁から尹大統領の逮捕令状を拒否されたにも関わらず、ソウル西部地裁に再び申請して令状を取得した(令状ショッピング)。
②大統領官邸周辺警備責任者に脅迫してハンコを持ってこさせ、周辺侵入の許可証に勝手に押印していた。
③この許可証だけでは大統領官邸内に侵入することができないにも関わらず、官邸内に侵入し(強制捜査する許可を得ないまま)尹大統領を逮捕した。
ことなどである。
第三は、ソウル西部地裁が公捜処に加担し令状発行で違法を犯していたことだ。
ソウル西部地裁は、軍や国家機密のある大統領官邸を捜査してはならないとする刑法110条111条に違反し、「今回令状では例外」だとして、この法律を無視(裁判官が勝手に立法)し、大統領官邸への侵入を許可した。法の番人である裁判官が法を捻じ曲げただけでなく「新しい法律」を作り出すという暴挙を行ったということだ。
■ 検察、公捜処とソウル西部地裁への捜査開始
公捜処は、昨年12月20日に尹大統領に対する逮捕状をソウル西部地裁に請求した。公捜処法では、一審管轄の裁判所はソウル中央地裁となっているにもかかわらずソウル西部地裁に請求したのだ。
その理由は、共に民主党が推薦する憲法裁判官候補者であった鄭桂先(チョン・ゲソン=ウリ法研究会、憲法裁判官に就任)やマルキシストで「仁川地域民主労働者連盟」出身の馬恩赫(マ・ウンヒョク)が、ソウル西部地裁出身であるからとされている。
*公捜処長・呉東運(オ・ドンウン)も「ウリ法研究会」出身
公捜処の思惑通り、逮捕令状を発布した李珣衡(イ・スンヒョン)判事は、逮捕状に、軍事上・公務上の機密地域における家宅捜索を制限する刑事訴訟法110条・111条の適用を「例外」とする文言まで書き加え、令状を許可した。またソウル西部地裁は、尹大統領側が行った逮捕状についての異議申し立ても棄却した。
公捜処は今年1月17日、尹大統領の勾留状もソウル西部地裁に請求した。当直判事だった西部地裁の車恩京(チャ・ウンギョン)部長判事は、勾留状を発布する際に「被疑者が証拠を隠滅するおそれがある」という、ハングルでわずか15字の事由しか示さなかった。
だが後になって、公捜処が、尹大統領関連の捜査で捜索令状および通信令状をソウル中央地裁に請求して棄却されていたという事実が判明したのだ。令状を請求する際、棄却された令状の詳細内容を隠していたということだ。
こうした公捜処の「令状ショッピング」疑惑等の違法に対し、現在検察は捜査を開始している。
トップ写真)ソウルの大統領官邸前で釈放後に姿を現した尹錫悦大統領:韓国・ソウル – 2025年3月8日
出典)Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

