パワハラはなぜ経済を停滞させるのか〜日本経済をターンアラウンドする33
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
■本稿のポイント
・パワハラは日本経済を停滞させる「失われた30年」の根本問題であり「経済政策」として対策を考えるべき。
・ハラスメント多発の背景には、日本の集団主義や権威主義的な企業風土があり、これが創造性や多様性を圧殺している。
・ハラスメントによる経済損失は、離職コストや周囲の生産性低下といった「隠れたコスト」が圧倒的に大きい。
パワーハラスメントを単なる職場の倫理問題として捉えるだけでは不十分である。日本企業に根付く集団主義や権威主義的な組織風土の中で、パワハラは生産性の低下や人材流出を招き、「失われた30年」を支える構造的要因の一つとなってきた。NPO法人日本公共利益研究所代表の西村健氏が、見えにくい経済損失や組織文化の問題に焦点を当て、パワハラ対策を「経済政策」として再定義する必要性を論じる。(Japan In-depth編集部)
企業を見ていて思うのは、ハラスメント、特にパワーハラスメント(パワハラ)は経済を停滞させている、企業の生産性を低下させているということです。パワハラは、日本企業の生産性低下やイノベーションを起こせない「失われた30年」の根本問題の1つだと筆者は思っています。企業はパワハラ対策を進めていますが、なかなか減りません。都道府県労働局に寄せられたパワハラの相談件数は増大しています(以下図)。そもそもパワハラを起こすような社員がいるのは組織風土の問題が大きく、パワハラ対策には相当のコストがかかるだけではなく、仕事の成果に大きな影響を及ぼすのです。なので、これはもう「経済政策」として考えたほうがいいと考えています。

【出典】令和6年度厚生労働白書
◆なぜ日本ではパワハラが多発するのか?
パワハラがこうもはびこるのは、日本社会の過去の歴史文化や権威主義的な共同体に起因する特徴です。おそらく、「村社会」共同体としての集団主義、近代化にあたっての集団主義、戦前の軍国主義教育、戦後の会社への忠誠や家族主義的な組織所属感などが残る日本社会の企業風土・文化が影響しているとみています。
古代では、コメ生産や農業生産においては、役割を分担し、タスクを責任もって行う、相互協力が大事な作業でありました。勝手なことをしてはだめだったわけです。近代化の過程でも同様です。欧米に追い越せ追いつけの商品・製品製造のために、いかに早く、正確に作ることが求められ、それに対応した組織が形成されました。自動車業界を中心にその集団主義は「ジャパンas no1」の競争力としてアメリカからも脅威としてとらえられたほどです。工場では、それぞれが責任をもって作業をしないといけません。そのため、現場の「空気」や同質性、協調性はとっても重要で、「過度に」重視されてきた面もあります。
組織としての一体感、滅私奉公、我慢こそ重要で、風通しの良い組織より一糸乱れぬ統制的な組織が社会的にも求められてきました。筆者も何度も書いていますが、この国ではまだ「体育座り」「前へならえ」などの集団主義的なマナーを教育されています。教育面で見ると、当たり前のことを一糸乱れず進めることが日本の近代化の驚異的な成功の源でもあったでしょう。しかし、時代は変わり、創造性が求められる現在では集団主義、権威主義はもろ刃の剣になっています。イノベーションや創造性や個性を失わせる原因でもあるからです。なので、そろそろ、集団思考、権威主義思考からは脱さないといけない状況にあります。ハラスメント、特にパワハラについても同様です。上からの命令絶対主義、公益通報した奴は「裏切者」という組織風土では、多様性も圧殺され、創造性も伸びません。
◆パワハラの経済損失はどれくらいか?
ハラスメントが組織や社会にもたらす経済損失は、目に見えるコスト(裁判費用など)よりも目に見えない「隠れたコスト」の方が圧倒的に大きいのが特徴です。

【出典】筆者作成
例えば、年収500万円の中堅社員がパワハラによって離職・休職した場合の損失額を概算してみましょう。
A.離職に伴うコスト(1人あたり):300万円
・採用コスト: 約100万円〜150万円(求人広告など)
・教育・研修費: 約50万円(ひとり立ちまでの教育コスト)
・空位期間の機会損失:約100万円(業務が滞ることによる損失)
B.生産性低下のコスト(周囲への波及)
・目撃している周囲の社員も、びくびくして落ち着かなかったり、集中力の低下や心理的不安を受ける→生産性が10%〜30%低下
・業務停滞の引継ぎ、カバーをしたり、余計な協力をしたり
・委縮することでのコミュニケーション低下・能率低下
・新たな人材補充や異動など
C.訴訟コスト
・裁判沙汰などの法的リスク
下手したら数千万円単位に跳ね上がってきます。ピースマインド社などの試算によると、ハラスメントによるストレスが原因で発生する経済損失は、「従業員1人あたり年間約4万円(1,000人規模の企業で約4,000万円)にのぼる」(HPより)とされています。横浜市立大学などの研究チームが発表した最新の試算では、ハラスメントを含む「メンタル不調」による日本の生産性損失は年間7.6兆円(GDPの約1.1%)に達するそうです(HPより)。
恐ろしや。
◆ストレスチェック制度は機能しているのか?
ストレスチェック制度というものがあり、50人以上の事業所で年1回義務付けられた、従業員のメンタルヘルス不調の「未然防止(一次予防)」を目的とした検査・環境改善の仕組みで、2015年から、労働安全衛生法により事業者に実施が義務付けられています。いわゆる社員がアンケートに答える形で実施されています。2025年5月に公布された改正労働安全衛生法によって、労働者数50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務化されました。


【出典】一般財団法人 地方公務員安全衛生推進協会「地方公共団体におけるストレスチェック制度導入のための手引き」
しかし、各企業でもチェックはしても、改善が進まないという課題があります。職場改善をできる限り促すことを支援していかないといけないのではないでしょうか。なぜなら、被害者のメンタル不調に伴う医療費は増大していますし、仕事が出来なくなった場合に給付する生活保護・失業手当などの公的支出が増えています。正確にはそのあたりは推計できませんでしたが膨大にのぼるでしょう。まさに社会問題です。
政治家の方々、特に最近では兵庫県知事、福井県知事、横浜市長・・・などハラスメント疑いを掛けられる方々がたくさん噂されております(一部退任された方もいますが)。ぜひとも「隗より始めよ」ということで頑張ってもらいたいです。
■よくある質問(FAQ)
Q1. パワハラ防止法とは何ですか?
A.正式名称は「労働施策総合推進法」です。2020年6月に大企業、2022年4月から中小企業にも職場のパワーハラスメント防止措置が義務化されました。【出典】労働施策総合推進法の改正(パワハラ防止対策義務化)について(厚生労働省)
Q2. 職場のパワーハラスメントの定義は何ですか?
A.(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるもの——という3要素をすべて満たすものを指します(厚生労働省告示第5号)。【出典】事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(厚生労働省)
Q3. ストレスチェック制度とは何ですか?
A.労働安全衛生法第66条の10に基づき、労働者のメンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)を目的とした検査制度です。2015年から事業者に実施が義務付けられています。【出典】ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策(厚生労働省)
Q4. ストレスチェックの50人未満事業場への義務化はいつからですか?
A.2025年5月に公布された改正労働安全衛生法により、50人未満の事業場にも義務化されました。施行日は公布後3年以内に政令で定める日とされ、最長2028年5月までに施行される見込みです。【出典】ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策(厚生労働省)
Q5. プレゼンティーズムとは何ですか?
A.出勤しているにもかかわらず、心身の不調により通常のパフォーマンスを発揮できない状態を指します。欠勤を意味するアブセンティーズムと対比される概念です。【出典】メンタル不調の影響、年間7.6兆円の生産性損失に―GDPの1.1%に相当と試算(横浜市立大学)
■シリーズ紹介
本稿は西村氏による「日本経済をターンアラウンドする」シリーズの一編です。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
写真)注意とパワーハラスメントの写真素材
出典)78image / GettyImages




























