参議院選挙の本当の「争点」② 物価高
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・物価高は資源価格の上昇、円安、ウクライナ問題、新型コロナの影響が複雑に絡んで起きた問題。
・各党の燃料油に対する物価高対策は手法が異なり、トリガー条項の凍結解除が争点。
・政策で問われるべきは、さらなる物価高騰の場合のリスクマネジメントであり、どこまで思い切った政策選択肢を想定しているのかだろう。
物価高。
正直、それが参議院議員選挙の争点なのか?と思っていたところはあった。世界的な現象であり、経済のこと。どう政府が対策するかにしか過ぎないし、対策の選択肢にも限界がある。これまで物価はなかなか上がらなかったので、やっとではないかと思っているくらいであった。
とはいえ、想定以上に物価が上がる可能性もあるし、世論調査でも選択肢の中で上位にくる争点であるし、岸田総理が「争点」と語ったこともあるので、その争点について考えていこう。
まずは物価高の理由を考えないといけない。
▲写真 【出典】清水健一さん、HPより
ドイツのベルリンに在住する、元財務官僚で経済学者、22世紀数理統計研究所チーフアナリストの清水健一さんに聞いてみた。
清水さんは「現在の物価高の要因は3つあり、ウクライナ戦争、コロナウイルス、生産地・原料供給地の分散です。これらの要因はすぐにはなくならないと考えられます。米FRB(中央銀行)の6月17日の発表によれば、米個人消費支出のインフレ率の予想は2022年が+5.2%、2023年が+2.6%、2024年が+2.2%となっています。」と語る。
その指摘をもとに整理すると、以下図のように、資源価格の上昇、円安、ウクライナ問題、新型コロナの影響が複雑に絡んで起きた問題であるということになる。清水さんもいうように、特にウクライナとコロナの要因は大きい。新型コロナからの回復基調で、かなり需要過多になっていて、供給が追い付いていない。そのため、様々な価格が上がり、ウクライナ戦争によって特にエネルギー価格の上昇、穀物価格上昇が一気に進んだということらしい。
▲図 【出典】筆者作成
◇各党の政策比較
それでは物価高対策、そもそも政府の活動を振り返っておこう。4月26日に決めた「コロナ禍における『原油価格・物価高騰等総合緊急対策』」では原油高騰対策が具体的に並び、6.2兆円の国費を充て民間支出などを含む事業規模は13.2兆円という大規模な対策が取り組まれた。
まずは、燃料油に対する激変緩和事業(経済産業省、国土交通省)として、ガソリンなど燃油価格を抑えるために石油元売り会社に支給している補助金の上限を1リットル当たり25円から35円に引き上げること、その実施期間を当面9月末まで継続することなどが含まれている。
そのほかにも
・漁業経営セーフティーネット構築、競争力強化型機器等導入緊急対策(農林水産省)
・施設園芸等燃油価格高騰対策、産地生産基盤強化、林業・木材産業成長産業化促進対策、建築用木材供給・利用強化対策(農林水産省)
・省エネルギーの推進(経済産業省、国土交通省、環境省)
・産油国・産ガス国等への増産の働きかけ(経済産業省、外務省)
・食品産業の原材料価格高騰対策、国産米・米粉等の需要拡大等対策、輸入小麦の政府売渡しの着実な実施(農林水産省)
・賃上げ・価格転嫁対策(内閣官房、経済産業省、公正取引委員会、国土交通省、厚生労働省)
それ以外にも公明党の働きかけにより「生活困窮者支援では、低所得の子育て世帯に対し、子ども1人当たり5万円を支給」することが含まれている。様々な業界を網羅していて、丁寧に対応している印象である。
それを受けてのこの参議院議員選挙、各党の政策を比較してみよう。
▲表 【出典】各党の政策比較、筆者作成
自由民主党の激変緩和措置というのは、燃料油の卸売価格の抑制のための手当てである。具体的には「全国平均ガソリン価格が1リットル170円以上になった場合、1リットルあたり5円を上限として、燃料油元売りに補助金を支給」するということである。一言でいうと補助金で間を埋めるということだ(以下図参考)。至急単価はガソリン、軽油、灯油、重油 40.5円(令和4年6月23日~6月29日)であり、40円分が補助によって安くなっているということ。
▲表 【出典】資源エネルギー庁HP
与党は石油元売り会社に対する補助金、野党はガソリン税自体の減税を求めている。両者には手法の違いしかない。
ただし、ガソリン税のトリガー条項については考えが異なる。ガソリン税のトリガー条項というのは、ガソリン価格が3ヵ月間連続で高騰した場合、特例税率分(1リットル25円)の徴収をストップするものである。しかし、トリガー条項は発動されていない。なぜかというと、もともと凍結されているからなのだ。それは東日本大震災の復興財源を確保するためだ。そうすると、凍結を解除すれば、発動されるかもしれないということになる。
この条項を使えば、国民民主党の資料が示すように、価格が下がる可能性がある。
▲図 【出典】国民民主党HP
政府は、「トリガー条項」の凍結解除を見送り、検討継続となった。その意味で、トリガー条項の凍結解除は争点と言ってもいい。与野党で見解が違うからだ。
◇欧州と日本
それだけの違い、ともいえる。物価高といっても、細かい政策は詳しくない人が大半だから、「ロシアのせい」「ウクライナ戦争のせいだから」と岸田首相が言うことに納得してしまうところである。欧州ではやはり選挙にも影響を及ぼしているようだ。日本政治はどう対応すべきなのか。
前述の清水さんは語る。
「6月19日に行われた仏総選挙で、マクロン大統領率いる与党が過半数割れの惨敗を喫した原因の一つに、物価高が挙げられています。ユーロ圏の消費者物価の上昇率は5月に過去最高の+8.1%を記録しており、スーパーやレストランでの価格引き上げが消費者に明らかに認知できる水準にあります。日本の消費者物価の上昇率は4月でも+2.5%にとどまり、うち生鮮食料品とエネルギーを除くと+0.8%にとどまります。」とのこと。
清水さんはさらに言う「ドイツではガソリン代や電気料金だけではなく、パンやビールの価格まで目に見えて上昇しています。生活者としては、インフレが抑制されている日本が羨ましいというのが本音です。一方で、日本の企業は賃金カットやサービス残業で原料高を飲み込み、価格に転嫁していないのではないか、という不安が拭えません。健全な経済発展のためには、企業が従業員に適切に賃金を払うことが欠かせません。政府は物価高対策だけでなく、不当な賃金抑制への対策も進める必要があります。」とのことである。
そこまでくると物価高が争点化するのも仕方ない状況だろう。各地でデモなども起きているほどである。そして、清水さんが言うように各党も物価高対策として賃金アップについて主張をしているのも当然のことなのだろう。
◇「ロシアのせいだから」仕方ない??
欧米とは違い、日本はその点で岸田政権が言うように、欧米より低い水準で抑えられていることも確かではある。政権がうまくマネージできているのか、たまたまなのか、はわからないが、政策で問われるべきは、さらなる高騰の場合のリスクマネジメントであろう。どこまで、思い切った政策選択肢を想定しているのか、ということだろう。
アメリカのバイデン大統領は、ガソリンにかかる連邦税(1リットル6円程度)を3か月間免除することを議会に要請したそう。フランスでは燃料など生活必需品への減税を主張する政党もいた。オンゴーイングな状況なので、公約を柔軟に修正したっていいだろう。政策のイノベーションを期待したい。
次回は、賃上げを扱う。
トップ写真:ガソリンスタンド(2022年5月15日、東京・世田谷区) ⓒJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者
経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家
NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。
慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。
専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。