ロシアのスパイ活動への日本の無関心
執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
「古森義久の内外透視」1093回
■本稿のポイント
・NYT紙が7月12日、ロシア軍のウクライナ攻撃用兵器部品の最大供給源が日本になったと報道。
・ロシア軍事諜報機関GRUの「第20総局」が東京・虎ノ門を拠点に軍事転用可能な機材を調達。
・日本にはスパイ防止法がなく、高市政権新設の国家情報局の対応が焦点に。
「ロシアがウクライナ攻撃に使う近代兵器の部品類は日本製が最大となっている」とするアメリカ大手紙の報道が米欧双方の官民で広がり、日本のスパイ防止法の不在や諜報活動の遅れが改めて国際的な批判の的となった。「日本はいまやロシアの対外スパイ活動の最大拠点となった」とも断じる同報道で日本でのロシアのスパイの最高責任者とされた人物はこの報道の直後に国外へ退避したことも国際的な話題となった。日本の官民に対する具体的な批判への日本側の反応は表面でみる限り、まったくの無視、あるいは軽視という態度であり、国際社会での日本の外国スパイへの無反応という異端性が改めて印象づけられた。
「日本はプーチンのスパイたちの豊富な土壌となった」という見出しのこの記事はアメリカのニューヨーク・タイムズ7月12日付の第一面掲載の長文の報道だった。ロシア軍の軍事諜報機関GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)はいまやウクライナ戦争でロシア軍が必要とする兵器類の高度技術部品を全世界でも日本から最大の量と質を取得している、という骨子だった。
記事の取材と執筆にはふだんはロンドンに駐在している3人の諜報・スパイ関連分野の専門記者が当たり、米欧各国の諜報機関からの情報を得たうえで、日本にまで出張し取材していた。日本での出来事を通常の日本駐在記者が報じるという定型とはまったく異なる専門性の高い報道だった。
この記事は日本でのロシアのスパイの活動をきわめて具体的に報じ、日本が西側各国のロシアへの経済制裁政策に反して、ロシアのスパイの暗躍を大幅に許し、世界的にも「スパイの楽園」になっているとする批判を繰り返し述べていた。
この記事の骨子は以下のようだった。
▽ロシアが2022年2月にウクライナへの軍事侵攻を開始して以来、米欧諸国は自国内で活動してきたロシアのスパイを追放し、ロシア軍に軍事関連機材を売る企業を制裁してきたが、そのスパイの多くがスパイ防止法がなく、軍事転用の可能なハイテク機材の豊富な日本に集まり、集中的な活動を進めるようになった。
▽ロシア軍がウクライナ攻撃で使うミサイルや無人機の全体の90%は日本製の部品となった。今年5月のロシア軍のウクライナ首都キーフへのKH101巡航ミサイルの攻撃はウクライナ側に死者24人を出したが、同ミサイルの誘導装置は欧米諸国では使用や輸出が禁止されている日本製であることが判明した。
▽ウクライナ政府はすでに日本政府に対して、他の諸国が輸出や製造を禁止している軍事的な機材や技術のロシアへの流出を抗議し、日本に他の米欧諸国並みの規制措置を頻繁に求めてきた。しかし日本政府はロシアのウクライナ侵攻への非難は述べるものの、ロシアへの軍事物資の輸出への実効ある禁止措置はとっていない。
ニューヨーク・タイムズのこの報道は以上のような日本の特殊性を指摘し、とくに日本が事実上のスパイの天国や楽園になっている点をくどいほど強調していた。そのうえで同報道はロシアのスパイ機関による日本での活動を具体的に以下のように伝えていた。
▽ロシアのGRUは日本では年来、特別に「第20総局」というスパイ組織を置いてきたが、ウクライナ侵攻後にこの組織がとくに軍事的な機材や技術の不法な獲得に力を注ぐようになった。「第20総局」は東京の港区虎ノ門にある「アエロフロート」(国営ロシア航空)の事務所を使っている。
▽「第20総局」の責任者はGRUの高級将校のマキシム・ウラジミロビッチ・フィルチェンコフという49歳の人物である。この人物はウクライナ戦争でのハイテク兵器の使用が増えた2024年2月ごろにロシア航空の職員に擬装して、日本に赴任し、その後、同航空の日本支社長となった。
▽ニューヨーク・タイムズの記者たちは日本の警察庁から徒歩10分の距離にあるロシア航空の事務所にフィルチェンコフ氏を3回にわたり訪ねたが、そのたびに受付らしいロシア人女性から「彼は不在です」と面会を拒まれた。同氏はその後、日本国外に出たことが確認された。
▽フィルチェンコフ氏ら第20総局は日本国内でロシア軍がウクライナでの戦闘で必要とする軍事転用可能な通信機器、飛翔体誘導装置、高度の半導体などを調達し、多くの場合、第三国経由でロシアへと送りこんできた。
▽ウクライナ政府はその日本でのロシアのスパイ活動の実態を把握したとして、2025年4月だけでも合計8回も日本外務省あてに、他の諸国では輸出が禁止されている軍事関連機材の具体名を明記して警告と抗議の文書を送った。
▽ウクライナ政府の情報ではロシアがウクライナ攻撃で実際に使った兵器の中には日本電気、パナソニック、東芝などの日本企業が製造した軍事転用可能な部品が含まれていた。これら部品は欧米諸国では輸出禁止とされている。しかし実名をあげられた日本企業はみな意識しての関与を否定した。
▽この種の機材の日本からの輸出はロシア航空が長年、提携してきた日本側の「プロコ・エアカーゴ」(本社・東京都江東区)という企業が請け負った実例が多い。その際の輸出先はベトナム、スリランカ、カザフスタンなどで、それら諸国からロシアに再輸出された可能性が高い。
▽プロコ・エアカーゴの三木武彦社長はロシア関連での違法行為は一切ないと否定した。しかしニューヨーク・タイムズの取材班は同社の活動記録にロシアの有力製薬企業「Rファーム」との取引が記載されていた証拠をつかんだ。
▽「Rファーム」社の創業者アレクセイ・レピック氏はプーチン大統領と親密な絆があり、ロシアのウクライナ攻撃の推進者としてイギリスやカナダの制裁対象となってきた。同氏と日本のプロコ・エアカーゴとの関係も疑われる。
以上のようにニューヨーク・タイムズの同報道は日本国内でのロシアの違法物資調達などのスパイ活動についてもかかわりを疑われる組織や人物の実名をあげ、きわめて明確な具体例を示していた。こんな状況に対して高市政権が新設を決めたばかりの国家情報局がどう対応するかが注視されるところだ。なぜならこの新設の日本初の統合された政府インテリジェンス機関の使命はまず日本国内での外国政府によるスパイや諜報工作の防止にあるからだ。
#この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに古森義久氏が寄稿した論文の転載です。
写真) 記者会見で発言するプーチン大統領
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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