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.社会  投稿日:2026/9/18

『ラスト・サバイバー』は「いい映画」だが「面白い映画」ではない


執筆:中川真知子(ライター/インタビュアー)

中川真知子のシネマ進行

【本稿のポイント】

リドリー・スコット監督の最新作『ラスト・サバイバー』は静かで淡々とした語りのため、面白い映画とは言いにくい。

一方で、パンデミック後の人間の心理と、文明とは何かを考えさせる点で、これは間違いなくいい映画である。

・映画館で観るべき作品ほど客を呼べないという矛盾が本作の興行的失敗の背景にある。

 

いい映画と、面白い映画は同じではない。リドリー・スコット監督の最新作『ラスト・サバイバー』は、謎の感染症で文明が崩壊した世界を、静かに、淡々と描く。観ている間は長く感じるが、観終わってから考えることは多い。しかし、興行は厳しく、製作費を大きく下回る数字にとどまっている。映画館で観るべき作品ほど客を呼べないのは何故なのか。映画・エンタメ分野を中心に活躍するライター・インタビュアーの中川真知子氏が考察する。 Japan In-depth編集部)

 

いい映画と、面白い映画は同じなのだろうか。

 

リドリー・スコット監督の最新作『ラスト・サバイバー』を観てから、そんなことを考えている。

本作は、謎の感染症によって人類の大半が死滅し、文明が崩壊した世界を描いている。銃撃戦もあれば、人間同士が殺し合う場面もある。いわゆるアポカリプスのサバイバル映画だが、『アイ・アム・レジェンド』のようなスピード感を期待して観ると、肩透かしを喰らうだろう。というのも、かなり静かで淡々としているからだ。

 

筆者も観ながら、何度か「長いな」と思った。話はなかなか進まないし、最近の映画に慣れた感覚からするとテンポもかなりゆっくりしている。面白かったかと聞かれたら、素直に「面白かった」と答えるのは難しい。

 

では、つまらない映画だったのかというと、そうとも思わない。

 

むしろ、観終わってから考えたことは多かった。パンデミック後、人間はどんな心理状態になるのか。文明が崩壊したとき、人はどんな集団を作るのか。そもそも、我々人類が「文明的」と考えている生活は、生き延びるうえでも本当に優れているのだろうか。

 

こうして考えている時点で、いい映画だったのだと思う。だからこそ、この映画が興行的にかなり厳しい状況にあり、やがて配信に移ったとしても、ほとんど観られることなく膨大なコンテンツの海に埋もれていくのだとしたら、もったいないと思う。

動画:https://youtu.be/e_ZNLTLfa3Q?si=pY3XIW0FaJQlsLv7

 

巨匠、リドリー・スコットでも客を呼べない

リドリー・スコット監督と聞いてピンとこなくても、『エイリアン』なら知っている人は多いだろう。宇宙船という逃げ場のない空間で未知の生命体に襲われる恐怖を描き、その後のSFホラーに大きな影響を与えた作品だ。

 

ほかにも、SF映画の金字塔として知られる『ブレードランナー』、古代ローマの剣闘士を描いた『グラディエーター』、アンソニー・ホプキンス演じるハンニバル・レクターが登場する『ハンニバル』、火星に一人取り残された宇宙飛行士の生還を描いた『オデッセイ』などを手がけてきた。作品名を並べてみると、「これもリドリー・スコットだったのか」と思う人もいるかもしれない。

 

70年代から映画界の第一線を走ってきたリドリー・スコット監督は、間違いなくヒットメーカーであり、彼の名前がついていれば、それなりの期待感を持って劇場に足を運ぶ人たちがいると計算されているはずだった。だが、蓋を開けてみれば、想像以上に数字が伸びなかった。

 

製作費については報道によって幅があり、米Varietyは8000万ドル超、興行データサイトThe Numbersは1億1000万ドルとしている。後者を基準にざっくり計算すると、160億円ほどかけて作った映画が、9月中旬までに世界中で稼いだのは60億円弱ということになる。

 

しかも、興行収入がそのまま製作側に入るわけではない。映画館側の取り分があり、宣伝や配給にも費用がかかるため、「ちょっと客入りが悪かった」というレベルではない。興行的にはかなりの失敗だ。

 

もっとも、リドリー・スコット監督にとって、こうした失敗が初めてというわけでもない。2021年公開の『最後の決闘裁判』も、約1億ドルの製作費に対して世界興収は約3000万ドルだった。『ラスト・サバイバー』は現時点で、長いキャリアの中でも最大級の興行的失敗になりつつある。

 

しかし、映画を実際に観た身としては、理由が分からないわけでもない。

写真)リドリー・スコット監督(c)2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 

パンデミックを経験したから分かる感覚

『ラスト・サバイバー』で描かれるのは、感染症によってほとんどの人間が死んだあとの世界だ。主人公ヒッグはバングリーという男と廃墟で暮らし、外からやってくる人間を警戒している。

 

人間がほとんどいなくなったのだから、誰かに会えば喜びそうなものだ。しかし、そう単純ではない。相手が感染しているかもしれないし、自分たちの物資を奪うために近づいてきたのかもしれない。人を求めながら、人を恐れる。その矛盾した心理が淡々と描かれている。

 

新型コロナウイルスのパンデミックを経験した今だからこそ、この感覚は理解しやすいように思う。私たちが経験したものと映画の世界を同列に語ることはできないが、人と接触することそのものをリスクとして考えたり、距離を取ることで孤独になったりする感覚は、多くの人が多少なりとも経験したのではないだろうか。

 

筆者はリドリー・スコット監督作品の魅力は、映像の派手さに頼らず、揺れる人間心理を巧みに描くことで深く洞察させるバランス感覚にあると思っている。そのため、『ラスト・サバイバー』が派手ではないこと自体には、それほど意外性を感じなかった。

 

むしろ、人間がいなくなった世界を大げさに描かず、孤独な時間が延々と続くからこそ、妙なリアリティーがある。

 

世界の終わりは、毎日爆発が起きるようなものではないのかもしれない。何も起きない時間が続き、誰にも会わず、今日も昨日と同じように食料を確保して生きる。その方が、案外リアルなのではないかと思った。

 

文明がなくなったら、人間はどうなるのだろう

もう一つ興味深かったのが、生き残った人々がそれぞれ違う形のコミュニティを作っていることだった。

 

ヒッグとバングリーは武器を持ち、他人を警戒しながら暮らしている。だが、ふたりは必ずしも同じスタンスではなく、バングリーは生き延びるために積極的に他者を排除する。だが、ヒッグは、人里離れて生活するコミュニティに物資を届けたり、まだ見ぬコミュニティの存在を追い求めたりしている。

 

だが、この世界において、誰もが理性と高い倫理観を維持しながら生活しているわけではない。集団で移動し、他人から物資を強奪して生きる人々もいる。

 

中でも、徒党を組んで強奪する人々は、言葉による意思疎通すら放棄したように見えた。文明がなくなり、法律も社会的なルールもなくなれば、言葉を使って他人と合意を形成する必要すらなくなるのかもしれない。複数の人間が一緒に行動していても、そこに言語や規範、相互扶助がなければ、それを社会と呼べるのだろうか。

 

その対極にあるように見えるのが、文明を維持した「グランドジャンクション」だ。

 

強奪と占拠によって生活の場を追われたヒッグたちは、近代的な設備が残るグランドジャンクションに到着する。そこでは、生き残った人々が、崩壊前を思わせる豊かな生活を維持していた。

 

まるで「希望の場所」のように見えたが、その実態はまったく違った。

 

そこでは人間を「役に立つか、立たないか」で選別し、不要と判断された人間は殺され、食料にされていた。

 

文明を維持しているはずの場所で、人間性が失われている。この逆転は、本作の中でも特に印象に残った。

 

最終的にヒッグたちは、どこかに残っているかもしれない文明を求めて移動を繰り返すのではなく、自分たちで新たな生活基盤を作ろうとする。映画の結末に触れるので詳細は省くが、感染症が蔓延する前の生活をそのまま取り戻すのではなく、文明に頼りすぎない新たな暮らし方を模索するのだ。

 

そう考えると、『ラスト・サバイバー』は単なるサバイバル映画というより、「文明がなくなったあと、人類は何を残すのか」を描いた作品にも見えてくる。

 

こうして振り返ると、やはりいい映画なのだと思う。緩急が少なく、絵的な派手さがないから、退屈に感じるのは否定できないが……。

 

「いい映画」はどこで観ればいいのだろう

ここ数年、筆者はこういう映画が増えているように感じる。

 

決して駄作ではなく、映像にもテーマにも見るべきところがあり、観終わったあとに考えさせられる。それでも、上映中ずっと夢中になれるほど面白いわけではない。

 

そして、こういう映画を配信で観るのは、意外と難しい。

 

もし『ラスト・サバイバー』を自宅で観ていたら、筆者はスマートフォンを触っていたかもしれない。一時停止して仕事を始めたり、飲み物を取りに行ったり、「続きは明日でいいか」と思ったりした可能性もある。

 

映画館では、それができない。

 

暗い空間でスマートフォンをしまい、約2時間、監督が作った時間の流れに付き合う。その結果、退屈だと思いながらも最後まで観て、映画館を出たあとになって「あの人たちはなぜあんな暮らしをしていたのだろう」と考える。

 

だからこそ、『ラスト・サバイバー』のような作品は映画館で観たいと思う。

 

ところが、ここで矛盾が生まれる。

 

映画館でじっくり観た方がいい作品なのに、観客を映画館へ向かわせるほどの分かりやすい魅力がない。客が来なければ上映回数は減り、やがて上映そのものが終わる。映画館もビジネスなのだから、それは仕方がない。

 

今回の興行成績を見る限り、「リドリー・スコットの新作」というだけでも、それを止めることはできなかった。

 

大作シリーズでもなく、派手なアクションが続くわけでもない。しかも、決して安い映画ではない。こういう作品を大きな予算で作ること自体が、今後ますます難しくなるのではないか。

 

映画館で観なければ、その良さに気づく前に止めてしまうかもしれない。しかし、映画館で観てもらうには、観る前から「面白そう」と思ってもらわなければならない。

 

『ラスト・サバイバー』をもう一度観たいかと聞かれたら、おそらく観ない。誰かに「めちゃくちゃ面白いから絶対に観て」と勧めることもないと思う。

 

それでも、こういう映画が映画館からなくなってほしいかと聞かれたら、それは嫌だ。

 

いい映画と、面白い映画は同じではない。そして、映画館にはその両方があってほしい。

 

『ラスト・サバイバー』の興行的な失敗を見ながら、筆者はそんなことを考えている。

(c)2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 

【よくある質問(FAQ)】

Q1.『ラスト・サバイバー』の原題と原作は何ですか。

A1.原題は The Dog Stars です。米国の作家ピーター・ヘラーのデビュー小説が原作で、邦題は映画と同じ『ラスト・サバイバー』(ハヤカワ文庫)です。

 

Q2.上映時間やレーティング、公開日を教えてください。

A2.上映時間は119分、日本でのレーティングはPG12です。2026年8月28日に日米同時公開されました。配給はウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンです。

 

Q3.主なキャストは誰ですか。

A3.主人公ヒッグをジェイコブ・エロルディ、バングリーをジョシュ・ブローリンが演じています。ほかにマーガレット・クアリー、アリソン・ジャネイ、ガイ・ピアースが出演しています。脚本はマーク・L・スミスです。

 

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

 

トップ写真:『ラスト・サバイバー』8月28日(金)全国劇場にて公開(c)2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.




この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー

1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。

中川真知子

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