無料会員募集中
.政治  投稿日:2014/11/22

[山内昌之]【感じられぬ政治の“殺気”と気迫】~総選挙で問われるもの~


山内昌之東京大学名誉教授、明治大学特任教授)

執筆記事プロフィール

たとえ短期であっても、日本を留守にして外国に出かけると、帰国した後に見えてくる政治の風景がまったく異質なものに見えることがある。文字通りに生きるか、死ぬかの世界で政治が進む中東のアラブ世界の“殺気”を少しでも嗅ぐと、日本という平和な国に生きる国民と政治家の“幸福”を逆説的ながらしみじみと感じてしまう。

11月7日から17日までドバイ、オマーン、ヨルダン、エジプトの中東四か国をそれぞれ二泊三日のきついスケジュールで駆け抜けてきた。外務省の要請による文化講演のためである。11月8日以降の各国での講演や質疑において、すでに私は、日本には解散風が吹いており、年内解散総選挙が避けられないとの見通しを示しておいた。

さて、各国の外務省シンクタンクや研修所などでの講演では、「第一次世界大戦100周年を迎えて――中東と日本」と題して、イスラム国の分析にも努める一方、現地の邦人企業や駐在者を相手に「『昭和天皇実録』をめぐって」という題目で話をする機会があった。実は、二つのテーマは互いに結びついているだけでなく、その本質は現在とも深く通底しているのだ。それは今回の解散総選挙の争点とも関連してくる。

第一次世界大戦開始の翌年、1915年(大正4年)後半から好況に転じた日本経済は、アジア市場からヨーロッパ商品が後退したあと、一時的に市場を独占したことで空前の好況を迎えた。日本政府と日本銀行の保有する金貨や金地金は、1914年から18年の間に約3億4,000万円から約15億9,000万円に増加する。

この結果、第一次大戦前まで約11億円の債務国だった日本は、1920年(大正9年)には27.7億円以上の対外債権を有する債権国に転換し、農業国から工業国へと脱皮に向かい、重化学工業も発展を遂げることになった。

1986年(昭和61年)から1991年(平成3年)までのバブル景気時代、ことに1980年代後半には日本の土地価格は高騰し、日経平均株価は1989年(平成元年)末には、史上最高値を付け、資産価格のバブル化が起こった。ところがこのバブルの崩壊はさながら、第一次世界大戦が終わって日本に訪れた反動不況を思わせるのだ。バブル崩壊後の「失われた20年」に、第一次大戦後続いた長期の経済停滞から脱却するために日本人は長いこと苦しんだ。まさに昭和天皇は、二つの憲法と(冷戦も含めて)三つの大戦を生き抜いた歴史の証言者なのである。

100年前と現在に共通する長期の経済停滞がもたらした格差の問題にも注目すべきである。2007年の調査でも、すでに81%の人が「日本人の間に格差が広がっている」と回答した。なかでも、「業種や会社による賃金の格差(賃金格差)」が81%に達し、親の経済力が生み出す教育格差、正社員と非正社員の賃金格差がこれに続く。他にも、都市と地方との地域間格差を60%の人が感じている。これは失われた20年に進行した現実であり、第一次大戦後の不況期と類似の面をもっている(『讀賣新聞』2007年3月1日朝刊)。

今回の解散総選挙を目前に、みんなの党が解党し、民主党の一部と維新とが合併する動きなど、野党再編の動きも出ている。これは、100年前と同じように、現在の日本も新しい政党政治システムと政界再編を模索していることを意味する。しかし、政界再編の成功が難しいことは歴史が示す通りである。第一次世界大戦は、政党主導内閣が相次いで成立するきっかけとなり、大正デモクラシーの隆盛を促した。そのプロセスに立って、政友会と民政党の対峙する二大政党制が成立したのである。中東の場合では、エジプトにおけるワフド党と立憲自由党の対立構造の成立にも似た面がある。

現代では、2009年の自民党から民主党への政権交代を経て、2012年には自民党の政権復帰が実現した。今回の解散総選挙は、公明党と連立を組むとはいえ、議員数だけでいえば自民党の一元的な政界支配に国民がどのように審判を下すかという大きな政党政治の命運に関わる面も帯びている。自民党の対立軸とされた民主党が不振から挽回して二極構造を復活させるのか、それとも民主党を含めた野党再編によって二大政党政治の新たな実験が始まるのか。観察に興味は尽きない。

しかし言えることは、ガザ、シリア、イラクの三つの戦争が起きた2014年の中東の政治風景と違い、日本の総選挙模様には政治に時には必要な捨て身の気迫があまり感じられないことだ。安倍首相の中国訪問や総選挙という政治の季節にもかかわらず、小笠原近辺で赤サンゴ盗りの中国人密漁船が平気で蝟集している理由は簡単だ。それは、これまで中国が安全保障や尖閣問題において“殺気”や気迫で日本を圧倒しても、まるくまるく、と知らぬ顔をしてきた先人らの不作為のツケである。総選挙で問われるのは、日本人全体の気迫の在り方でもあることも忘れてはならない。

 

 

【あわせて読みたい】

[清谷信一]夢想的な平和主義者ではなかったネルソン・マンデラ〜武装組織への上手な処遇が生んだ安定政権

[古森義久]【外交・安保を論点にしない総選挙】~中国の脅威にどう対処すべきか?~

[水野ゆうき]【12月総選挙、地方にマイナス】~地方政治に国政の流れを持ち込むな~

[七尾藍佳]【「経済的自殺」と囁かれた消費増税の帰結】~“GDP解散”その1〜

[田村秀男]【増税見送りだけでアベノミクス蘇生は無理】~現役世代向け所得税減税が急務~


copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."