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.国際  投稿日:2015/1/9

[岩田太郎]【「反日」映画『アンブロークン』を斬る 4(最終回)】~真の「アンブロークン」は誰か~


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

 

アンジェリーナ・ジョリー監督(39)の『アンブロークン』と同じ日に米国で限定公開された、マーティン・ルーサー・キング牧師がアラバマ州セルマで黒人公民権のために闘う映画『セルマ』は、封切前からアカデミー賞候補の呼び声が高い。アンジー監督と同世代の黒人女性監督エイバ・デュバーネイ(42)の作品だが、作品中で白人のリンドン・ジョンソン元大統領の実在の手柄を、黒人のキング牧師に横取りさせているとの批判が噴出している。

煮詰めれば、白人がヒーローでないことへの批判だ。気鋭の評論家、マシュー・イグレシアス氏は、「ハリウッド映画で真の英雄は往々にして、都合のよいことに、白人だ。『セルマ』は違う」と指摘している。これで思い起こされるのが、同様に公民権運動を描いた1988年の映画『ミシシッピー・バーニング』の成功だ。北部出身の白人FBI捜査官が、救世主の如く現れて孤軍奮闘し、迫害される黒人を南部の白人差別主義者から救うという、お約束の展開だ。一部知識人から、「そんな史実はなかった」との批判が出たものの、ありえない白人ヒーローへの批判はほとんどなかった。

『セルマ』『ミシシッピー・バーニング』『アンブロークン』の3作品への米社会の反応を比較すると、『アンブロークン』がなぜ製作されたか、誰を喜ばせたか、架空の銀幕世界が現実世界にいかに干渉するか、が見えてくる。『アンブロークン』では、白人が「被害者」やヒーローになれる。そうした主人公に、観客が自分を重ね合わせられる。同作品は、観客の期待に見事に応え、米国による拷問や米警察による黒人市民殺害などの現実から、逃避を可能にしている。

その文脈でいわゆる慰安婦問題を考えると、多くの展開が腑に落ちる。慰安婦の存在は、米国内における白人と非白人の関係において、白人が常に置かれる迫害者としての立場から逃避し、「日本に虐待された非日本人の擁護者」になることを可能にする。だから、米国や中国や韓国は、日本の過去の蛮行の犠牲者であり続けなければならない。

訂正すれば、現行の秩序と、それがもたらす益や制度まで否定することになるので、見直す動機がない。米国人は韓国の慰安婦キャンペーンに感化されたり、『アンブロークン』のような映画を観て「反日」になるのではなく、もともと反日という必要性が米国の国家理念に深く刷り込まれているのである。

同じように、朝日新聞が慰安婦問題のきっかけを作ったのではない。そうした言説が、真偽も確認せずに歓迎される歴史的土壌が根源なのだ。朝日をつぶしても、米国の反日は何一つ変わらず、たとえ慰安婦問題がなくても、「日本が悪者」という根源的な物語は「南京大虐殺」「シンガポール華僑虐殺」や「バターン死の行進」など別の形で、必ず噴出する。

だから、『アンブロークン』や朝鮮人慰安婦は、問題の本質ではない。本質は、太平洋戦争における日本人悪者論の基礎になった、「黄禍論」「排華論排日論」と呼ばれる、米建国期から存在する日本やアジアへの怖れ・悪意・敵意の底流である。しかも、それは現在も米国に脈々と受け継がれる黒人や先住民への怖れや悪意や敵意と、根底で共通している。

日本のウヨクとサヨクは、慰安婦問題では意見が一致しないだろうし、合意することは重要でも必要でもない。だが、一連の歴史問題が米国人に「問題」として認識される本源に、「悪者やアリバイとして必要とされる日本」「西洋人の有色人種への怖れ・敵意」が横たわっていることは、双方が認めるだろう。それが事の本質なのであり、歴史問題解決の糸口なのだ。

ここで、『セルマ』や『アンブロークン』に戻ろう。筆者には、真の「アンブロークン」は、耐え難い迫害が続くにもかかわらず、滅びずにサバイブしている黒人や先住民なのではないか、と思えてならない。彼らの魂の耐久力と回復力は、驚異的なのだ。

(このシリーズ、おわり。本記事には、参照した英文の元記事や評論へのリンクが貼られているが、Yahoo!ではリンクが無効になる。お読みになりたい方は、Japan In-Depthのウェブサイトhttp://japan-indepth.jpをご覧いただきたい。)

 

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