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国際  投稿日:2015/1/15

[久保田弘信]【表現の自由のはき違えは危険】~ムハンマド風刺画再掲載「シャルリ・エブド」襲撃事件〜

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トップ写真:「欧米と共通の敵ISISと最前線で戦っているペシュメルガの兵士達。欧米と共通の敵ISISと戦っているが、ムハマドの風刺画は彼らを新たな欧米の敵にしてしまう可能性もある。」

久保田弘信(フォトジャーナリスト)

執筆記事プロフィール

イスラム教の預言者・ムハンマドの風刺画を掲載した報復として、シャルリ・エブド本社が襲撃され12人が犠牲になった。犠牲者を追悼し、テロ、暴力に屈せず表現の自由、報道の自由を守るという大行進はフランス全土で370万人にも達した。

首都パリではオランド仏大統領がイスラエルのネタニヤフ首相やパレスチナ自治政府のアッバス議長など各国首脳と腕を組んで行進するという歴史的な大行進となった。

表現・報道の自由は守られるべきであり、守らなければならないものだと思う。しかし、その表現の自由が特定の人物の誹謗中傷や侮辱となってしまう場合、それはもはや報道とは呼べない。

風刺画は時の権力者の行為を批判する為に描く分には賞賛される事が多い。
特に戦争の場合米ブッシュ大統領が片手にミサイルを持ち、片手で小泉首相から現金を受け取る画などは100文字の文章に勝る効果がある。その風刺画が神の世界にまで及ぶと事は複雑になってくる。「シャルリ・エブド」は何度もムハンマドの風刺画を掲載していて、2011年にはムハンマドを同性愛者として描いた風刺画まで掲載している。これは欧米独特のお笑いではすまされない。仏教のお釈迦様や真言宗の空海が、はたまた浄土真宗の親鸞聖人が同性愛者として風刺画にかかれたらどうだろう。日本の仏教徒はそんな風刺画を書いた新聞社に猛烈な怒りを覚えるのではないだろうか。

ましてやイスラム教では偶像崇拝が禁止され、ムハンマドの肖像を描くことがタブーとされている。その怒りは我々の想像を絶するものだ。勿論、その怒りがあるからと言って人質を取るテロ行為が許される訳ではない。

シリアとイラクにまたがり力をつけてきたイスラム国、現地ではISIS(アイシス)またはダーシュと呼ばれている。欧米からも参加者が多く、各国がテロを警戒している。

日本でイスラム国の断片的なニュースを受け取っているとシリアやイラク、その他中東諸国のイスラム教徒がすべてイスラム国の味方であるような誤解さえ生んでしまう。

イラクに住む僕の友人モハマッドは「ISISは自分たちこそが正当なイスラムだなんて言っているけど、彼等のやっている事はクレイジーでとても認められない、同じイスラム教徒と思って欲しくない」と話す。そんな彼でさえ、ムハマドの風刺画の事を話題にすると顔面を硬直させて怒る。生まれた時からイスラム教と共に育って来たモハマッドにとってムハマドを侮辱される事は自分の人格を否定されるに等しい感覚なのだ。

イスラム国のリーダーと言われているバグダディの風刺画ならモハマッドは怒らないどころか、風刺画として認識する事ができるだろう。多くのジャーナリストや一般人を殺害し、世界を震撼させているイスラム国。そのイスラム国と一般的なイスラム教徒を混同してしまうような考え方は新たなる文明の衝突を生む事となる。

インターネットが発達し、個人が表現者となれる現代。メディアだけでなく一般人も表現に気をつけなければならない時代だと思う。

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