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国際  投稿日:2015/1/11

[久峨喜美子]【イスラム社会への報復は無意味】~仏・テロ事件後、我々がすべきこと~

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久峨喜美子

「久峨喜美子の英国/欧州に生きる」

執筆記事プロフィール

 第一回目の寄稿が、12名の尊い命を失った仏雑誌社シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)での痛ましいテロ関連記事になるのは残念なことだ。筆無精の私がそれでもペンを執ったのは、英国インディペンデント紙 (The Independent)の表紙を飾ったデーブ・ブラウン(Dave Brown)氏の風刺漫画に後押しされたからだ。

母校慶應大学の紋章の由来となった「ペンは剣よりも強し」(“Pen mightier than the sword”)を暗喩したこの風刺画は、言論や報道の自由が暴力に屈しないことを痛切に訴えている。

イスラム社会とどう折り合いをつけていくのか。これは2001年の9.11以降、国際社会の大きな課題でもある。特にイスラムコミュニティと共存している欧州各国では、イスラム系自国民が過激派に自ら志願していると言われている。

2005年のロンドンテロでもそうであったが、今回の「テロリスト」もまた、パリ生まれの「自国民」だ。

兄であるシェリフ・クアシ(Cherif Kouachi) は、アルカイダ(Al-Qaeda)のネットワークの一つビューツ・ショーモン・ネットワーク(Buttes-Chaumont network) に所属していたとされ、2008年に収監されていた。2013年のボストンテロの主犯であるとされている兄弟の背景からもうかがえるように、こうしたテロリストの下部組織は多文化主義を豪語する欧米社会の中に確実に定着しているようである。

しかしテロ対策強化や多文化主義の見直しだけでは、テロリズムに潜む複雑な問題は解決できない。やはり社会における「他者」への根本的な理解と和解が必要である。そしてその和解点は、英国ガーディアン紙(The Guardian)の記事の中でも主張されているように、聖戦が無意味であるということに徹するべきである。

というのも、複雑な社会構造からイスラム教自体を排斥し、その複雑性を一掃することなど不可能だからだ。こうしたテロ事件が起こると、どうしても「善」と「悪」、「我々」と「他者」、そして「西洋」と「イスラム」という二分法で物事を捉え、双方を批判し合う、という状況に陥りがちである。こうした単純なデュアリズムは、意識的であれ無意識的であれ、多様な媒体を通して枠付けされ、社会へと広がっていく。「我々」を固辞し、「我々」社会の中にいる「他者」を闇雲に批判しても何の意味もない。人種的な「同質性」を保持し続ける日本社会においては未だに想像し難いかもしれないが、ショッピングモールや大学構内にモスクが存在し、時間になればイスラム教信者はそこへ通う。

私が研究生活をおくるオックスフォードの南東部にも多様なエスニックレストランが建ち並び、学生寮もその中に点在している。それが我々の生きる現代社会の「日常」の一こまなのだ。

ペンを執ることで「他者」との理解が深まるならば、それにこしたことはない。しかしこうした事件に関して社会に情報を発信し議論を展開していくとき、ジャーナリストであれ学者であれ、ペンを執ることによってむやみに「我々」意識を煽るべきではない。

今回の襲撃事件を報じているメディアにはよく「我々は一つだ」(We’re all)というスローガンが見受けられるが、「我々」とはいったい誰なのか? ここで言う「我々」とは、あくまで「言論の自由、表現の自由を尊重する人々」である。

「我々は一つだ」と言う時、それはフランス社会におけるイスラム以外の人々の結束を固辞することでも、イスラム社会に対する報復のための結束を意味するものでもない。我々が一つになった社会、それは、あらゆるバックグラウンドを持つ人々に開かれているべきなのだ。

 

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