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.国際,未分類  投稿日:2020/12/12

比テロ組織幹部大量投降の裏


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比、最大テロ組織「アブ・サヤフ」幹部含む39人が投降。

・ハナイン容疑者は過去に身代金を拒否した外国人を殺害。

・メンバー獲得・資金のため新たな誘拐作戦を実行する可能性もある。

フィリピン最大で最も過激といわれるイスラム系テロ組織で中東のテロ組織「イスラム国(IS)」と関係がある「アブ・サヤフ」の幹部を含むメンバー39人が国軍など治安当局対して複数の場所で次々と投降していたことが明らかになった。これは米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」系の「ブナール・ニュース」が伝えたもので、12月5日にフィリピン国軍が発表で明らかにした。

「アブ・サヤフ」はフィリピン南部ミンダナオ島や周辺のバシラン島、スールー諸島などを拠点にして爆弾テロや外国人誘拐による身代金要求事件、外国人人質殺害などに深く関与した経緯からフィリピン治安当局が特に力を入れて掃討作戦を展開中だった。

ドゥテルテ大統領も「テロリストはフィリピン国内にもはや居場所はない」と公言して軍や警察が進める作戦に「フリーハンド」に近い権限を許容して壊滅を目指していた。

それだけに複数の場所で11月末から12月に第1週にかけて合計39人ものメンバーが投降したことは、大きな成果として歓迎されているとともに、「アブ・サヤフ」にとっても組織的ダメージは大きいとして、さらなる追跡・掃討作戦を継続中という。

■外国人誘拐関与の幹部も投降

軍の南部スールー地方統合軍の司令官ウィリアム・ゴンザレス陸軍少将によると、39人のうち36人のメンバーは「アブ・サヤフ」のサブリーダーであるアルハジシャ・ミサヤ容疑者の指揮下で活動していたとみられている。

ミサヤ容疑者は「アブ・サヤフ」のスールー諸島方面の地区指導として主にマレーシア人漁船員などの誘拐事件に関与したとされるが、2017年に軍との交戦で死亡し、その後後継指導者がいない状況が続いていたという。

またこの36人とは別に投降したメンバー3人の中にはこれまで「アブ・サヤフ」の犯行とされる複数の外国人誘拐、身代金要求、殺害事件の首謀者の一人とされるアルサディ・ハナイン容疑者が含まれていることが確認されたという。

ハナイン容疑者はISと関係が深いとされた「アブ・サヤフ」の指導者ハティブ・ハジャン・サワディン容疑者の部下で12月4日にフィリピン南西部タウィタウィ州タウィタウィ島のバンガオで現地の海兵隊諜報部員に武器を手渡して投降、現在身柄を拘束されて事情聴取を受けているという。

指導者のサワディン容疑者は2019年1月にホロ島で起きたインドネシア人夫妻による連続自爆テロ(死者23人)を画策、協力した張本人とされ、2020年初めに政府軍との戦闘で死亡したと言われているが、治安当局は同容疑者の死亡をこれまで確認していない。

▲写真 フィリピン軍 出典:Kguirnela

■身代金拒否の外国人は殺害

治安当局によると投降したハナイン容疑者はこれまで2012年のオランダ人バードウォッチャー、2015年のイタリア人、同年のカナダ人2人、ノルウェー人、フィリピン人女性というそれぞれの誘拐に関与した疑いがもたれている。

このうちイタリア人とノルウェー人はイタリア政府、ノルウェー政府が身代金の支払い要求に同意したため2016年にそれぞれ解放されている。

しかしカナダ政府が身代金支払いを拒否したためカナダ人2人の人質は殺害され、オランダ人の人質は軍による救出作戦の最中に「アブ・サヤフ」によって殺害され、フィリピン人女性は2020年初めに解放されている。

■指導者巡る問題と軍の強硬姿勢が奏功か

今回の「アブ・サヤフ」の幹部を含む多数のメンバー投降の背景について軍などの治安当局は①地元政府や軍による法律に基づくメンバーの平和的社会復帰を促す作戦が効果を表したこと②今後も治安を攪乱するようなことがあれば軍による厳しい作戦、対処が待っているとの宣伝効果があったこと③実質的な指導者やサブリーダー、地域の指導者が相次いで殺害されたことにより後継指導者選出が難しくなり、組織としての活動が困難になったこと、などと分析している。

「アブ・サヤフ」はこれまで軍による掃討作戦などでメンバーが大幅に減少しており、最近の分析では総勢力が200人前後にまで減っているとみられている。このため今回の39人の「大量投降」は組織にとってかなりの痛手との見方が有力だ。

しかしフィリピン治安当局や情報当局などではそうした実態を反映して「アブ・サヤフ」が新たなメンバー獲得や資金獲得のために新たな誘拐作戦を実行する可能性がある、として警戒を強めている。

テロとの戦いを積極的に進めているドゥテルテ大統領にとっては「アブ・サヤフ」の組織弱体化につながる今回の投降を歓迎しているものの、一方で深刻化するコロナウイルスの感染拡大防止対策と同時にコロナ・ワクチンの大量確保に日々追われているのが実情で、

枕を高くして眠れる日はまだまだ遠いといえるだろう。

トップ写真:ドゥテルテ大統領 出典:Addustour, Jordan Press & Publication Co./KHALIL MAZRAAWI




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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