IS、東南アでリクルート作戦
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・イスラム国、東南アジアのイスラム教徒対象にリクルート作戦展開。
・マレーシア、インドネシア、フィリピンでISの動きが活発化。
・コロナによるロックダウンでオンラインによるテロ思想が拡散。
中東のテロ組織でほぼ壊滅状態に陥っているとされる「イスラム国(IS)」が東南アジア地域のイスラム教徒を対象にした新規メンバー獲得の「リクルート作戦」を展開し、新たな拠点を東南アジアに築こうとしていることがマレーシアやインドネシア、フィリピンのカウンター・テロリズム専門家などの指摘で改めて明らかになった。米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」系列の「ブナ―ル・ニュース」がこのほど伝えた。
報道によると、この「リクルート作戦」には東南アジア方面にシリアやイラクなどから脱出してきたISの残党やISに参加していて帰国した東南アジア出身の元ISメンバー、さらにIS参加のためにシリアなどへの渡航を試みたものの果たせなかったIS心酔者、支持者などが中心となって参加しているという。
そしてターゲットとなっているのがイスラム教国のマレーシア、世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシア、南部でイスラム教テロ組織による政府軍との戦闘、自爆テロを含むテロ活動が続くフィリピンなどの若者を中心としたイスラム教徒で、特に「ジハーディスト(聖戦主義者)」と呼ばれる過激思想の持ち主がその対象となっていると指摘している。
さらに東南アジア全域で拡大している新型コロナウイルスに対する各国政府による「感染拡大防止」のための各種施策、規制が皮肉なことにこの「リクルート作戦」を”援護射撃”しているとの指摘もでており、関係国政府や治安当局などはコロナ禍に乗じたIS関連テロ組織の新たな活動の活発化に警戒をせざるを得ない状況に追い込まれている、と各国の「カウンター・テロリズム」の専門家による分析を伝えている。
■ 東南アジアのテロ組織への接近、浸透
「ISは決して死んではいない。シリアでは壊滅したかもしれないが、中東、北アフリカそして東南アジアで再編の動きが見られる」というマレーシア・ペルリス大学のカウンター・テロ専門家、ミザン・アスラム氏の言葉を引用するなどして「ブナ―ル・ニュース」は現在、マレーシア、インドネシア、フィリピンで進む「IS組織再構築の動き」に警鐘を鳴らしている。
マレーシアはISに参加したマレーシア人イスラム教徒が依然として多く中東方面に残っており、こうしたメンバーの正規、不正規の帰国、帰国後の活動やその監視が今後の大きな国内課題になると指摘している。
またフィリピンには南部ホロ島、バシラン島、バンサロモ自治区(ミンダナオ島など)を中心にして20人以上の親ISテロリストが存在し、地元のテロ組織である「アブ・サヤフ」や「バンサロモ・イスラム自由戦士(BIFF)」などとの連携を深めて、新たなテロを進めている可能性があるとフィリピン軍関係者は注意を喚起している。
インドネシアに関しては対テロ治安当局者などによる、中部スラウェシ州の山間部を主な拠点とするテロ組織「東部インドネシアのムジャヒディン(MIT)」に対するIS関係者の浸透を懸念する声を伝えている。
MITは近年のスラウェシ島を中心としたテロ活動活発化を受けた治安当局による「ティノンバラ作戦」と名付けられた特別掃討作戦が2020年1月から展開されており、勢力弱体化が伝えられている。
このためIS関係者などからの働きかけで「新規メンバーの獲得つまりリクルート活動」を強めているとみられている。MITは公然と「コロナ禍は我々の活動に追い風となっている」と公言し、コロナ感染防止対策に軍や警察が動員されている隙を突いたテロを計画しているとの情報が流れている。
▲写真 フィリピン南部ホロ島で起きた爆弾テロ 2019年1月 出典:Agenzia Fides
■ ロックダウンがIS宣伝に追い風?
イスラム教テロ組織が折からのコロナ禍を「利用している」という見方は、感染拡大防止対策の一環として「ロックダウン(都市封鎖)」や「営業、操業活動の制限・一時停止」などに伴い多くの労働者、市民が「自宅ワーク」「自宅待機」などを余儀なくされ、自宅で過ごす時間が格段に増えたことが一因とされている。
自宅待機や失業した多くの若者は自宅などで「インターネットによるネットサーフィンやソーシャル・ネットワークを使った情報収集、情報発信さらに不特定多数とのコミュニケーション」に費やす時間が多くなっている。
ここに目をつけたISやテロ組織はネットを通じて「過激思想の宣伝」「ジハード(聖戦)の呼びかけ」などを展開して、個人的親交を装って接近、個人情報を獲得して「メンバーのリクルート」につなげようとしているというのだ。「旧来のオフラインに加えてオンラインでの過激なテロ思想の拡散が始まっている」とインドネシアの対テロ組織関係者は指摘している。
■ インドネシアの新組織の危険性
インドネシアのシンクタンク「紛争政策分析研究所(IPAC)」のシドニー・ジョーンズ代表は「ブナ―ル・ニュース」に対してインドネシアのジャワ島、スマトラ島、スラウェシ島でISと関係のあるテロリストが活動しており、特に中部スラウェシ州山中ではMITと密接な関係を構築しつつある、との見方を示した。
また、別のシンクタンク研究者は最近インドネシアのジャワ島ソロ市や西ジャワ州のブカシ市、スマトラ島南スマトラ州のパレンバンなどで活動を活発化させているという新たな組織「ジェマ・アンシャルット・カリファ(JAK)」に対する注意を呼びかけている。
JAKはイスラム教の説教と仲間のネットワークを広げることに現在は集中しており、テロや過激思想とは一線を画す姿勢を鮮明にしている。しかしフィリピンのイスラム教徒と密接な関係が疑われるなどから「将来危険な組織になる可能性は否定できない」として注視の必要性を訴えている。
このようにマレーシア、インドネシア、フィリピンでのISに関連した動きの活発化が伝えられる中、インドネシアは東南アジアで最も感染死者数が多く、フィリピンは感染者数が最悪を記録、マレーシアの感染者数は域内10カ国中で4番目の多さというように、3カ国政府はコロナ対策で手一杯の状況が現在も続いている。
コロナ禍とテロの脅威という難しい問題に3カ国の政府、治安当局は直面し、待ったなしの対応が迫られているといえる。
トップ写真:ISの旗を担ぐ戦闘員 出典:VOA
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。