ゴーンと司法
.国際  投稿日:2015/1/30

[山内昌之]【ヨルダン危機の背景にシリアとイラクの難民】~イスラム国が引き起こした悲劇~


山内昌之東京大学名誉教授、明治大学特任教授)

執筆記事プロフィール

シリアとイラクにまたがるイスラーム国(IS)はテロ組織であるとともに、恐怖統治を敷いている疑似国家であり、当然ながらどの国も存在を認めていない。

バルカンやカフカースにある小さな未承認国家であれば、後藤健二氏の解放を目指すような場合、ロシアなりアルメニアなり唯一承認して影響力や事実上の宗主権を行使できるチャンネルを使うこともできる。

しかしISには、そもそも外に開かれた公然たるパイプが存在しないといってよい。これは、いまのISが外部との共存や協調を図るような「一国イスラム主義国家」でなく、スンナ派世界を統べるカリフ国家を、「国際イスラム永続革命」を広げる根拠地として位置付けているからだ。

日本人が後藤氏の安否に最大の関心を払うのは当然であるが、その背後にあるシリアとイラクの惨状と両国民の悲劇にもしっかり目をこらさなくてはならない。ISがシリアとイラクで進めた内戦や戦争の結果、両国がこうむった惨禍の現状は筆舌に尽くしがたい。

シリアでは2014年には7万6000人の死が確認されている。他に未確認ながら3万の死者も出ているという。確認された死者の数は人口の0・3%にあたるが、この比率を日本に置き換えれば38万ということになろう。2011年の春に始まった紛争以来、シリアで殺害された総数は最低でも20万を数えている。

2015年1月13日現在、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、シリア難民の数は370万のうち、レバノンに110万、トルコに110万、ヨルダンに62万、イラクに22万8000人、エジプトに13万8000人に逃れて生活している。人口の14・5%が国外難民になっている。一説にはもっと多く、400万人を超えており、人口の18%に当たるというのだ。

日本の人口(人口1億2700万)に置き換えるなら、2288万もの国民が難民になる悲劇的事態を想定してみればよい。加えて、人口の3分の1以上にあたる760万のシリア人が国内難民化している。人口のおよそ半分が故郷や住居を失っているのが現在のシリアの悲劇なのである。

他方、イラクには20万以上のシリア難民がいる苦境に加えて、2014年には200万以上のイラク人が国内難民として登録されている。11年にはシリアに11万2000人のイラク難民がいた。いまや、二つの国は難民を互いに出すことになり、国家としての枠組みが壊れただけでなく、国境の線引きも消えてしまった。この状況を生み出したのは原因と結果は、ISの「革命戦争」と人員の粛清やそれに伴う土地の荒廃によるものだ。

たいていのシリア難民とイラク国内難民のおよそ半分は、イラクのクルド地域におり、その地の急激な人口増をもたらしている。この難民の64%が女性と子供であり、22%が教育や雇用の機会を必死に求めていた若い女性なのだ。

クルド地域にはシリア難民のうち97%の人びとが住んでいる。それはシーア派中心のイラク中央政府がスンナ派の多いシリア難民の受け入れを事実上拒否しているからだ。

もっともこの地域へのシリア難民のうち90%はシリア・クルド人と言われている。かれらの大多数は、収入を得られる道を断たれており、家賃の20%上昇、オフィス賃貸料の10-15%値上げなどに苦しんでいる。

しかし、イラクのクルド地域へのシリア・クルド人の集住が組織化され安定を見るようであれば、北イラクを中心にしたクルド国家の独立も既成事実となり、法的独立の宣言も日程に上る。

いずれにせよ、シリアとイラクの国家存在の希薄化は、その双方にまたがる自称カリフ国家ISと、事実上の独立を法的な独立に格上げしようとするクルド国家との正面対決をますます促進することだろう。

そして、その狭間で苦しむ難民の問題こそ、現在の中東危機の本質につながる争点なのだ。イラク人難民40万に加え60万から70万にもなるシリア人難民が人口630万のヨルダンに流入すれば、国家の財政だけでなく社会の安定と治安にも大きな負担となる。そこがISの狙いでもあるのだ。

安倍晋三首相と日本政府が難民を中軸に据えて人道支援を図るのはまことに当然と言わねばならない。それをISのテロと拉致を誘発したと評するのは、「敵については彼の見た夢でさえ詮索しようとする」というプルタルコスの箴言を思い起こさせる振舞いと言わなくてはならない(「いかに敵から利益を得るか」『モラリア2』)。こうした批評者らは、日本の政治家と国民たるもの、難民を生んだ元凶のISから不興を買うべきではないとさも言わんばかりなのだ。

後藤氏やヨルダン人パイロットの解放問題の舞台裏で歴史を大きな仕掛けで回転させようとしている流れも見落としてはならない。


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