[清谷信一]【陸自ファーストエイド・キットが貧弱な件 1】~陸幕広報は取材拒否~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
陸幕長の命令を無視し、大臣に虚偽の情報を上げるのが陸幕広報室の仕事なのか。
筆者が月刊コンバットマガジンや東洋経済オンラインなどに寄稿した陸自のファーストエイド・キット(個人衛生携行品)に関する記事が自衛隊内含めて読者の大きな感心を呼んだ。
陸自の「個人衛生携行品」は米軍他、他国のそれと較べて極めて貧弱である。「個人衛生携行品」には実はPKOなどを想定した国外用と、国内用があるが、国内用は止血帯、包帯が各1個(ポーチが付属)であり、第二次大戦レベルと大差無いシロモノだ。これでは銃創や火傷にも対処ができない。このような装備では、戦争はありえないと高をくくっている、あるいは隊員の命は使い捨て、と考えているとしか思えない。内容的には米軍の軍用犬用の衛生キットよりも劣る、自衛官の命の価値は犬以下か、と批判されても仕方あるまい。
これが東日本大震災の「戦訓」として導入された「個人衛生携行品」の現実だ。平和ボケもいいところだ。これでは国内では島嶼防衛をめぐる紛争や、ゲリラ・コマンドウによる攻撃も全く想定していないと近隣諸国に公言するに等しく、抑止力を大きく損なう。
反響の大きさは著者としては嬉しい限りだが、不満も残る仕事だった。筆者は陸幕広報室に対して「個人衛生携行品」に関して衛生担当者に取材を申し込んだ。だが陸幕広報室は直接の取材はできない、質問を書面で出せ、回答は書面で行うということだった。だが「個人衛生携行品」に機密性はない。本来担当者に直接インタビューし、疑問があればその場でぶつけたほうが、より筆者も理解が深まるし、生じる誤解も少なかったろう。また筆者の批判に対する反論も聞けたろうし、それがリーズナブルなものであれば紹介することもできたろう。
しかも筆者は陸幕広報室が「適切と思われる人物」ということで、特定の機関や、担当者に限定してリクエストしたわけでもない。決して無理難題を押し付けたわけでもない。陸幕広報室の「取材拒否」に合理性はない。「取材拒否」をしなければならない、何らかののっぴきならない深刻な理由でもあったのではないか(例えば官製談合とか収賄とか)と勘ぐられても仕方あるまい。
筆者はこの対応に納得がいかなかったので、昨年末陸幕長の定例会見で、陸幕広報室の「取材拒否」はおかしいのではないかと岩田陸幕長に質した。岩田陸幕長はその場で「適正に対処するように」と陸幕広報室のスタッフに下命した。
だが陸幕広報室はあいも変わらず、担当者に対する直接の取材を拒否した。締め切りが迫っていたこともあったので、筆者は書面によるやりとりによる取材を受け入れた。
その後誰がどのような理由で「取材拒否」を行ったのかを教えて欲しいと頼んだ。断るなら正当な理由を説明して然るべきだろう。それが民主国家の「軍隊」の広報というものだ。筆者は陸幕広報室の担当者にメール、電話、ファックスで繰り返し回答を要請したが3ヶ月以上に渡って黙殺されてきた。このような場合、例えばこちらが承服できなくとも何らかの回答を行うのが広報の仕事だろう。いやそれ以前に仕事をする社会人の常識だろう。黙殺とはあまりに大人げない。
これは担当者の単独の判断ではないだろう。担当者の一存で行える決断ではない。恐らくは陸幕広報室の責任者である室長松永健則1佐の判断によるものだろう。
松永広報室長は陸自トップの幕僚長の「適切に対処せよ」との命令を無視したことになるが、このような抗命、あるいは命令無視は陸自では普通に行なわれていることなのだろうか。それとも岩田陸幕長の「適切に対処」というのは都合の悪い問い合わせは黙殺せよということなのだろうか。仮に陸幕内の常識で「適切に対処」とは黙殺せよと意味でも、記者会見という多数の記者、即ち第三者もいる場で陸幕長がそのような支持を出すとは考え難いのである。
(【陸自ファーストエイド・キットが貧弱な件 2】~中谷防衛大臣の答弁に違和感~ に続く)
<文中資料提供:陸上自衛隊>