[清谷信一]【お粗末な自衛隊の「衛生」装備】~チュニジアでテロにあった女性医官は「特別」なのか?~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
先日チュニジアを訪れていた際に、テロに遭って負傷した陸上自衛隊(以下陸自)の女性医官、結城法子(のりこ)3佐に対する批判が多い。テロに遭った後の取り乱しようは「軍人としてなっておらん」というものだ。だがその「軍人としてなっておらん」というのは一人彼女だけに当てはまることだろうか。3月18日、チュニジアの首都・チュニスで発生したテロ事件に巻き込まれた。死傷者は約70人に達し、その中には邦人含まれ、死者3人を含む6人が被害に遭った。結城3佐は巻き込まれたが、結城3佐はその中の1人だった。同3佐は休暇を利用して母親との観光旅行中だったが、左耳などに怪我を負い、現地の病院に搬送されて手術を受けた。彼女は手記を発表したがその内容があまりに、情けないと批判されている。
だがそのような批判は正しいだろうか。例えば武道の達人でも全くの隙を突かれて、後ろから金属バットで頭を殴られれば動転してまともに反撃はできないだろう。これは軍人も同じだ。365日、24時間自衛官として精神的に臨戦態勢を維持しろというのは無理難題もいいところだ。例えばPKOで覚悟を決めて任務に赴くのとはまったく違う条件だ。自衛官にスーパーマン的なヒーロー性を求めるのは幼稚ですらある。
一方で彼女にも問題点があった。本来必要な渡航許可を取らなかったことだ。それが単にまあ、いいやという「いい加減さ」からなのか、あるいはチュニジアという渡航先としては若干問題があるところで、渡航申請をしたら許可されないだろうから許可しなかったのは明らかではない。本来マスメディアはこういうところを突くべきだ。だが爾後の彼女の様子は「軍医」としては如何なものか不安を感じるのも確かだ。手記には以下のようにある。
「病院へ着くと、パスポートなどが入ったバッグはとられて、携帯もなくなってしまいました。日本大使館の方がいらして、日本の家族の連絡先を聞かれましたが、携帯がなかったので実家の固定電話しか分からず、なかなか連絡がつかなかったようです」
本来第一に連絡を取るべきは自分の上司だろう。無断渡航の身であれば尚更だ。負傷した直後であれば混乱やパニックは仕方ないにしても、職業意識に欠けているとしか言いようがない。だがこれは彼女だけの問題だろうか。自衛隊の衛生関係者の中に、他に「結城法子」はいないだろうか。筆者は多くの「結城法子」がいるように思える。いや、多数派が「結城法子」ではないか。
2003年に成立した有事法で、はじめて自衛隊は有事に野戦病院を使うことができるようになった。それ以前は、野戦病院は病院法違反の「モグリの病院」になってしまうので、使用できなかった。つまり野戦病院の設備や人員はいるが、それは平時の演習地でしか使えなかったのだ。法を順守するならば有事には負傷した隊員を見殺しにするか、あるいは「医師法違反」の犯罪者集団になって治療をするしかなかった。
このことに警察予備隊から保安隊を経て自衛隊になってからも疑問を感じて、法改正を行おうという声は殆ど上がらなかった。有事法も政治主導で行なわれた。つまり防衛省、自衛隊の衛生関係者には自分たちが有事で戦争をするという覚悟も想定もしていなかったということになる。
それは今でも変わらない。衛生は先進国どころか、トルコなどの中進国からも遅れている。自衛隊の衛生要員は諸外国の衛生兵のように自分の判断で投薬も簡単な手術もできない。個々の兵士が痛み止めのモルヒネを携行することもできない。これらも法律を改正すれば出来るのだが、未だに放置されている。
陸自の個人用ファースト・エイド・キットは諸外国からみて貧弱だ。これには国外用と国内用がある。国外用は救急包帯×1、止血帯×1、人工呼吸用シート×1、手袋×1、ハサミ×1、止血ガーゼ×1、チェストシール×1であり、国内用は救急包帯×1、止血帯×1にすぎない。国外用でも貧弱なのだが、国内用は第二次大戦レベルであり、銃創も火傷も想定していないとか言いようがない。詳しくは以下の筆者の記事を参照されたい。
「自衛官の「命の値段」は、米軍用犬以下なのか」~実戦の備えがないため派兵どころではない~
【陸自ファースト・エイド・キットが貧弱な件 1】~陸幕広報は取材拒否~
【陸自ファースト・エイド・キットが貧弱な件 2】~中谷防衛大臣の答弁に違和感~
これが東日本大震災の「戦訓」を受けて調達が開始されたというのだから、やる気を疑いたくなるのは筆者だけではあるまい。因みに国内用が海外用と較べて貧弱なのは、医師法など法的な規制によるものではない。
率直に申し上げて、自衛隊の衛生は演習という「お医者さんごっこ」をやっているに過ぎない。イラク派遣という「実戦」も経験はしたが、殆どが英軍やオランダ軍に守られて宿営地内での引き篭もりでしかなく、自らを守って宿営地で多くの時間を活動にあてたわけではなかった。結城法子という医官はこのような「常識」を持った組織の中にいたわけだ。他にも多くの「結城法子」がいても不思議ではない。それどころか彼女が極めて平均的な医官であった可能性が強い。
遅まきながら、防衛省では衛生関連の法的な見直しの検討を始め、またそのための開会視察の予算も本年度に付いている。一日も早く平和ボケから目覚めて、実戦的な衛生システムを構築すべきだ。海外視察にはイスラム国との戦いなど、現在戦闘を行っている「現場」も含めるべきである。
(本稿には複数のハイパーリンクが貼りつけてあります。そちらを読むには、http://japan-indepth.jp にて原文をお読みください)
※トップ画像/JGSDF(陸上自衛隊) flickrより引用