[神津多可思]【追加緩和、あるのか、ないのか】~日銀の判断に注目集まる~
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
「神津多可思の金融経済を読む」
「デフレから脱却する」ということと「景気が良くなる」ということは、意識的に、あるいは無意識的に、同じ意味として語られるように思う。しかし、この二つが本当に同じかどうかは、よく考えてみると自明ではない。
昨秋以降、ドル建ての原油価格が半分になってしまうというめったにないことが起きた。そのため、インフレ率の長期トレンドが見えにくくなっているが、原油安の影響は逆にこの秋口から目にみえて消えていく。もちろん原油価格がこれからも同じスピードで原油価格が下落し続ければ別だが、その可能性はほとんどあるまい。
原油価格下落の影響が薄れて、ようやく足元のインフレ率の地の動きが出てくることになるが、それは今のところ前年比で+1%くらいとの予想が多数派だ。加えて、さまざまなアンケート調査における家計、企業のインフレ期待も、この間の原油価格下落を受けてもなお、はっきりとプラスになっている。
このように、物価の基調はもはやデフレではないと言えるのに、企業の景況感はまだ何となく冴えない。4月初に発表された日銀短観をみても、景況感は改善傾向にあると言うよりは横這いだ。企業収益は過去最高圏内にあり、労働市場も短期的にはほぼ完全雇用といえるのにも関わらずである。
まだ2%のインフレ率が展望できないからだろうか。標準的なマクロ経済学の教科書に依拠すれば、完全雇用になって初めて、貨幣的な要因がインフレ・デフレを決める支配的な要因になる。したがって、日銀が現在の金融政策スタンスを維持するなら、現時点では想定できない何か新しいショックが入らない限り、2%のインフレは実現されると合理的に予想できるはずなのだ。
ともあれ、そういうこともあって、金融市場では日銀が追加緩和をするとの予想が多数を占める。いろいろなアンケートでも、時期にばらつきはあるが、約7割が追加緩和ありとの見方だ。これに対し日銀は、「2015年度を中心とする時期に2%のインフレ率を達成できる」との公式見解を変えておらず、したがって、現状では「追加緩和は必要とは考えていない」というスタンスだ。
インフレ・ターゲットの本来の考え方からすれば、足元で原油価格下落の影響から物価のパスは下振れしたが、2%インフレ達成の道筋がなお見えているのだから、日銀の言うように追加緩和は必要ないということになる。
一方、海外の投資家を中心に、「2年で2%」という目標を額面通り受け止めている向きも多いと言う。だからこそ、市場予想では追加緩和ありが多数派なのだろう。そういう人々にとっては、もし追加緩和がないなら、期待を裏切られたことになり、したがって投資ポジションを変えるという行動に繋がる。その結果、円高が進んだり、株安になったりすると、現在、「あまり無理をしなくても良いのではないか」という方に振れている人々も、再び「何かできることはないのか」と言い出すだろう。
そのようなパターンでの信任の毀損は、期待に働き掛ける点を強調して異次元緩和を推進してきた日銀にとっては受け入れ難いのではないだろうか。金融市場が、教科書にあるような意味で合理的なら、市場のリアクションは大きくないかもしれない。その場合、追加緩和なしで、漸進的に2%のインフレへと向かっていくシナリオも現実味を帯びる。一方、市場がそうしたシナリオに対しはっきりと不満の意を表せば、逆に追加緩和が行われる可能性も高まる。
もともと金融市場の判断とは短期間で大きく変わるものだ。さて、どちらに転ぶのか。まさに五里霧中の状況だ。しかし、往々にして視界不良が判断ミスを招きやすいのもまた事実である。