ゴーンと司法
.社会  投稿日:2015/5/8

[植木安弘]【日本社会の“多様性受け入れ”は可能か 2】~異文化の人達を受容する社会の必要性~


植木安弘 (上智大学総合グローバル学部教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

プロフィール執筆記事

日本は島国として長年独自の文化を形成し、一国で日本語圏、日本文化圏を創造し、日本社会を守っている。勿論、外国の影響は大きいが、それをうまく日本化して取り入れている。そのような社会に異文化の人が入ってくる場合、うまく順応するためには、日本語を話し、日本文化を理解する必要がある。そのような人達は日本社会に受け入れられるが、日本語も話せず、日本文化もあまり理解していない人にとっては、極めて難しい社会ととられる。うまく順応できずに、逆に日本嫌いになってしまう人も出てくる。

自らの文化、伝統を維持しようとする場合には日本社会から無視される傾向となる。日本人は、多文化に対する理解はあっても、自らの生活の中に異文化を取り入れることはない。つまり、異文化社会の人がうまく日本に溶け込むためには同化しなければならないのである。

日本政府も異文化社会の受け入れには極めて慎重である。2013年に難民申請をしたのは3,160人だったが、受け入れられたのは僅かに6人である。1970年後半にベトナムからの「ボートピープル」の受け入れ拒否で日本は国際的非難を浴び、受け入れの拡大に同意したが、最近の難民の受け入れ状態を見ると、日本社会に異文化社会の人達をそう簡単には受け入れない閉鎖的姿勢が伺える。

日本はこれから人口が減少していく中で、外国からの労働者の受け入れの必要性が叫ばれている。日本の総人口が2004年に1.278億人でピークに達し、その後徐々に人口が減少。出生率が2013年には1.43であったことを考えると、一億人を下回ることもそう遠い話ではなくなってきている。既に、1990年の入国管理法の改正で多くの日系ブラジル人やペルー人が労働者として雇われ始めたが、これも「日系」という血統主義のような外国人労働者の受け入れだった。

日本には現在約200万人の外国人が生活している。その内、在日中国人と在日韓国・朝鮮人を合わせると約57パーセントを占める。彼らの多くは日本で生まれ育っており、日本人と同じ文化の中で暮らしているが、外国人扱いを受けている。二重国籍の問題もあるが、同じ文化圏で育っても日本人としての扱いを受けていない。日本人と同じように扱われたければ完全に同化しないといけないのである。

このように見ると、日本社会は同化型の社会と言える。同化しなければ容易に受けられないという閉鎖性を持った社会なのである。では、今後益々必要となる外国人労働者の受け入れをどう進めたら良いのであろうか。

労働力が必要だから誰でも受け入れるという体制ではうまくいかないことが予想される。ただ、入ってくる労働者は全員日本人になれ、というのも無茶である。日本人になれないから壁をいつまでも高くしていられないのも事実である。日本にとっての選択は、同化型の社会を徐々に壊して多文化型の社会を作っていくか、同化型の社会を残し、入ってくる異文化の人達を出来るだけ日本社会に受け入れやすいようにしていくかのどちらかである。

文化や伝統はそう簡単には崩せないものである。これまでの対応から見ると、選択は後者であろう。そのためには、国家レベルの対応、社会やコミュニティレベルでの対応、更に、個人レベルでの対応が必要となろう。日本語の取得や日本文化理解への学習支援、異文化の維持に配慮した対応などが望まれる。

日本自身の態度の変化も必要になってくる。最近頻繁に用いられるようになってきた「グローバル人材」の育成は、国際的な目的だけでなく、実は国内の国際化にも繋がるものである。日本語だけではなく、国際語となった英語でもコミュニケーションが出来る。異文化に接してもこれに合った対応が出来る。人種や文化、伝統が違っても、同じ人間として付き合える。そういった国際性が、外国でも日本国内でも生かせる社会作りが必要となってきているのである。

(この記事は、【日本社会の“多様性受け入れ”は可能か 1】~同化型社会の選択~の続き。全2回)

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