[文谷数重]【消火設備急げ!鉄道防災・テロ対策】〜東海道新幹線、焼身自殺事件〜
文谷数重(軍事専門誌ライター)
鉄道内での放火対策は、鉄道に消火設備をつけるしかない。 6月30日、東海道新幹線で焼身自殺があった。1号車で、おそらくガソリンを10リットル程度ばら撒き、着火したというものだ。現段階では2名死亡、1名重体とされているが、燃料の量や散布法、鉄道の混雑具合によっては、ヨリ深刻な被害もありえただろう。
この事件は、鉄道にある防災対策の盲点を突いた形となった。 従来、火災対策は不燃化で実施されていた。桜木町事件以降、列車から可燃性の木材は撤去された。内装や電気配線の難燃化や、自己消火性素材による不燃化が進められた。要は、車両が燃えない方向にのみ努力された。だが内部からの放火には、不燃化が却って仇となった。不燃化の結果、鉄道は一種の金属製のチューブである。特に最近では密閉性が高い。燃料を持ち込んでの放火では、炎や有毒・窒息ガスを逃げず閉じ込める形になっているのである。内部での火災時には、車内から隣接車両に被害を広げてしまうということだ。
実際に今回の事件について、現段階(当日18時)の報道からすると先頭車両最先端での被害が短期間に2両目方向に伝播した様子が伺える。対策としては、何があるのか? おそらくは消火設備をつけるしかない。考えられる対策としては、他に持ち物検査や車内での避難経路確保といった方法がある。だが、どちらも非現実であるためだ。その理由の大概は次の通りである。
■ 持ち物検査はできない
まず、鉄道での持ち物検査はできない。利用者数から現実的には不可能であるためだ。例えば今回の東海道新幹線では、東京駅での新幹線乗車人数は1日9万、他路線を加えると50万にも達する。新幹線乗車者だけを検査するとしても、1日の運行時間15時間に9万人を検査しなければならない。
おそらく夕方のピーク時には1時間に1万人程度をチェックしなければならない。しかし、東京駅に毎時1万人を捌ける手荷物検査所を作れるだろうか? また、危険性ではそれ以上の路線もある。焼身自殺はないにせよ、山手線や埼京線、東西線で放火が行われたらどうなるのだろう? 当然ながら、これら路線での乗客の手荷物検査は現実的に不可能である。 手荷物検査が可能なのは、コスト割れをしているローカル線くらいしかない。だが、そのような路線では放火の可能性は少なく、監視が行き届くため手荷物検査の必要性はない。
■ 避難経路確保もできない
車内での避難経路も確保は不可能である。経済性や輸送力が成り立たないためだ。 今回のような事件が起きれば、火元車両の乗客は逃げ遅れる。新幹線の場合、C-D席間の通路幅も60センチしかない。A-E席に座った5人が60センチの通路に出るわけであり、3席シートのA席はまず迅速に通路に出られない。
そしてこの60センチ幅、長さ30m近い通路に5席×最大20列分、100座席分の乗員が殺到する。まずは渋滞して逃げられるものではない。 だが、通路幅の拡大はできない。物理的には可能であるが、経済的に成り立たないためだ。仮に新幹線通路幅について、1.6mに拡大すると新幹線の座席数は4割減少する。これは大雑把だが同人数の建物に当てはめ、建築基準法にあわせたものだ。不足する1m分のためには45センチの座席を2つ潰さなければならない。C-D席がなくなり3席シートとなるが、当然ながら採算が悪化する。
もちろん、運賃が高騰する。普通車座席数が4割減るということは、座席数はグリーン車以下となる。新幹線そのものの輸送力も4割減る。普通車料金でも今のグリーン車以上となる。まずは、航空運賃の倍以上にもなるだろう。基本的に新幹線は飛行機よりも安いことで選ばれる乗り物である。新幹線料金が飛行機の倍となった場合、誰が乗るだろうか? つまりは、鉄道のその存在価値がなくなるのである 当然だが、避難経路確保は新幹線以外ではさらに難しくなる。狭軌であるため新幹線よりも車両幅が狭いためだ。
■ 消防設備をつけるしかない
できることは、消防設備の追加しかない。消火設備と排煙経路の追加しかない。消火設備の追加は難しくはない。スプリンクラーは無理だが、不活性ガスのボンベや配管は天井や床下に取り付けることはできる。最近は火は消えるが、人間は呼吸できる新型ガスがあるので、安全性も高い。他にも天井取付型の粉末消火器もある。70度以上となると薬剤を自動放出するタイプである。誤動作が強ければ、温度設定を100度でも120度にでもすればよい。軍用品にはファイヤ・パネルと呼ばれるタイプもある。プラスチックケースの中に消火剤を詰めたもので、弾丸や火炎でケースが破れると薬剤を放出するタイプだ。車内側の一部をわざと薄手のセルロイドにすることで火炎に接触するだけで容易に破れるようにもできる。
また、排煙経路の設定もできる。火災時に煙や火炎、有毒ガスを天井から外に逃すことで、横方向への伝播を抑える効果が見込める。内側の熱だけで動作させることは容易である。自動排煙口や防火ダンパーといったもので昔からある技術に過ぎない。あるいは、天井部をわざと焼け落ちるようにしても良い。
■ 鉄道には消防設備がない
消防設備があれば、今回の事件の被害はより小規模化できただろう。油の散布範囲外であれば、まずは火傷も怪我もしなかっただろう。現状(30日18時)では軽症者の被害の実態は不分明であるが、有毒ガスの吸い込みや、気道の火傷は相当に抑圧できたはずだ。逆に考えれば、今まで鉄道に消防設備がなかったことが不思議である。消防設備は、建設物では既に過剰であり無駄も多いが、鉄道には全くない。鉄道は車両ごとの消火器しかなく、それを乗員や乗客による消火操作するのでは、内部放火等に対してあまりにも弱体である。
鉄道の防災・対テロ対策はなおざりである。オウム以来「テロ対策実施中」と掲示し、ゴミ箱を使用不能として以降、具体的には何もしていない。船舶や航空機と比較して、相当に遅れている。従来の耐燃化は十分であるので、今後は消防設備を取り付ける方向に努力するべきである。鉄道会社が嫌がる誤動作は設定で相当に減らせるし、場合によれば誤動作の補償制度でも対応もできる。