[神津多可思]【世界経済、必要なのは2つの“リバランス”】~同時株安から抜け出すために~
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
「神津多可思の金融経済を読む」
国際金融市場が動揺している。今回の発信源は中国とされているが、より根源的には、世界経済が、2つの大きな変化に順応しなければならないという現実を、改めて突き付けられたということではないかと思う。そこの2つの変化は、以前からすでに次第に明らかになりつつあった。2008年の世界的な金融危機後、世界経済の成長率は以前の4%台がなかなか回復できずにきた。リーマン危機直後は、先進国の不振を新興国が補うという構図となり、中国を筆頭に新興国が世界経済の成長を牽引した。しかし、新興国も高度成長を永遠に続けられるわけではない。所得水準の上昇と裏腹に経済成長率は徐々に低下してきた。60年代、70年代の日本と同じである。
その一方、先進国もいつまでも不況であるわけではない。米国でゼロ金利解除が話題となっていることが示すように、2008年9月15日のリーマン・ブラザース破綻から丸7年を経て、いよいよ緊急避難的状況からの脱却が近づいている。EU経済も、紆余曲折を経つつも、全体としては徐々に上向いているようだ。日本経済も、海外経済の動き次第という面はあるが、緩やかな成長に向かう力は失われていない。
それでも、成長率の水準は新興国と先進国ではかなり違う。国際通貨基金(IMF)の7月時点の見通しでも、2015年の先進国の成長率が+2.1%であるのに対し、新興国は+4.2%だ。率の高さを比べるなら新興国経済が上だが、所得水準が低いために単価も押し並べて低い。そうした環境下で、売り上げがこれまでのように伸びないという話だから、グローバル企業にとっての新興国ビジネスはこれまでより苦しいものとなる。
その変化に伴って企業は、ビジネス展開のパターンを修正し、これまでより先進国に重心を移す必要がある。そのリバランスが全体としてこれまでのところ必ずしもスムーズでないと急に株式市場が評価を変えたから、最近の世界の株価急落が起こったとも言える。
もう一つのリバランスは、世界経済における金融面の過剰回避に向けた動きだ。もともと2008年の金融危機は、主として先進国で金融面での過剰がバブル状況となって、それが破裂したから起こった。バブル崩壊の負のショックを和らげるため、主要各国は、財政支出を増やし、金融を緩和した。その後、危機的状況の解消に伴い、多くの国で財政支出の拡大は止まり、逆に付けを払うための財政再建のプロセスに入った。日本は、珍しい例外的存在だ。それでもどの国・地域もなかなか成長率が高くならないので、金融緩和を継続している。しかし、もともと金融面の過剰が問題だったのだから、金融緩和を継続しつつその過剰を解消するというのは無理がある。
実際、これまでの先進国での金融緩和の影響は、新興国への資本流入という形で成長を底上げしてきた。しかし、米国でいよいよゼロ金利解除かという事態になると、米国から流れ込んできた資金も続かなくなる。中国でも昨年から主として海外からの負債を減らす形で資本の流出が起きていた。ドル金利が高くなるなら今の内に返しておこうというような話だろう。その過程で人民元安の力が生まれる。今回の基準相場設定のルール変更によって、そうした外国為替市場での需給関係がよりストレートに実際の人民元レートに反映されるようになった。
米国がゼロ金利を解除するのであれば、そのほうが長期的にみて米国経済の成長率がより高くなると判断されるからだろう。そのこと自体は世界経済にもプラスだ。むしろ、金融面と実体面の新しいバランスの実現が遅れれば遅れるほど、将来解消しなくてはいけない金融面での過剰が累積していく。長期的にみればとても採算が採れないような案件にどんどん資金が注ぎ込まれ、不良債権が増えていくというようなイメージだ。それを避けるためのリバランスもまたどうしても必要だと思う。
以上の2つのリバランスは、基本的に世界経済の景気後退をもたらすものではなく、むしろ持続的な成長に資するものと考えられる。国際金融市場がそうした認識に変わりつつあるのだとすれば、リバランスの過程を円滑にしようとする各国当局の対応は肯定的に評価されるだろうが、その過程を阻害するような反応はむしろ否定的に評価される可能性もある。それは今回の動揺の発信源中国でもそうであるし、日銀の追加緩和が騒がれる日本でもそうだ。世界経済の新しいバランスに向けての途は、決して平坦ではない。