重要課題は先送りされた 【2024年を占う!】日本経済
神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)
「神津多可思の金融経済を読む」
【まとめ】
・2024年先進国は金融緩和に向かい、低インフレ・低金利には戻らないだろう。
・日本企業のリスク・テイクを伴う投資はまだまだ出てくるはず。
・第3次産業革命で勝者になり切れなかった日本企業のチャンスになりうる。
2023年ももう終わり。日本で新型コロナが5類に移行したのが5月8日だったので、社会生活という面からは、2023年はまさに平常への復帰の年だった。時期のずれはあっても、それは世界で共通のことだ。
そうしたこともあってか、ちょうど1年前、2022年の終わりに重要課題として認識されていたことの多くは、あまりはかばかしい進捗もなく、そのまま2024年へと先送りされる感がある。1年前の今頃、2023年を展望した一文を書いた。どうもまとまりがなく、自ら没にしたのだが、それを読み返してこの先送り感が強まった。
そこでは、大胆にも「これからグローバル経済がどう動いていくか、予想が外れることを重々覚悟の上で考えてみると、随所に新しいパラダイムへの移行を感じさせる要素がある」としている。今の時点に立っても、その感覚自体はあまり変わらない。
論点1:再び低インフレ・低金利になるのか
1年前の原稿では、「グローバル経済の成長率のスローダウンは避けることはできなそうだ」とみているが、これは当たったようだ。もっとも、その程度は予想外にマイルドだった。先進国はここ久しく経験したことのないインフレに見舞われ、金融政策ではその制御が最優先だったが、それでも著しい景気後退はこれまでのところ避けられている。
米欧の金融引き締め局面はもう終わりという見方がマジョリティになりつつあり、2024年は景気の状況を先取りしながら金融緩和に向かうことになるだろう。そこでなお残る論点は、その結果として、かつてのような低インフレ、したがって低金利に再び戻るのかということだ。この点については、1年前の原稿では「この間のグローバル経済の変化をみると、どうもコロナ禍前のような低インフレには戻りそうもない感じもする」とある。
その理由として、「今後は、米中対立、ロシアのウクライナ侵攻に典型的なように、かつてのような速いスピードでさらにグローバル化が進展するとは思えない。そうであるとすると、需要と供給のバランスで言えば、これまでよりインフレ圧力が強い状態がノーマルになるとも考えられる。そのように定常的なインフレ率の水準が高くなるのであれば、それに対応する金利の水準もまた以前よりは高くなるだろう」と記している。こうした見方の妥当性の検証は、丸々2024年に持ち越されるが、2010年代までのグローバル化にブレーキがかかったということは、新たに起こった中東での紛争によって、よりはっきりしつつあると言えるのではないか。
論点2:いよいよ強まる人口動態の影響
高齢化の進展は、日本だけでなく先進国に共通の現象だ。これまでの欧米社会では、日本よりはるかに広く移民に門戸を開いてきたので、それが社会の高齢化に伴う人手不足を緩和してきた面がある。しかし、その欧米社会においても、移民の流入が社会分断の1つの大きな背景となっており、新しく誕生した政権が、移民に対しより厳しいスタンスをとろうとしている例も見受けられる。
「社会の求心力維持と、既に居住している人口の高齢化の中でどう労働力を確保していくかは、どの国にとっても解をみつけるのが容易ではない問題になる」というのが1年前の自分の見立てだが、これは現時点においてもそのまま成立する。
労働に従事し家族を形成する世代の人口が減少することは、マクロでみた経済のパフォーマンスに大きな影響を与える。合計や平均でみた評価は、同じ仕事について、一人の1時間当たりの労働生産性と一人の総労働時間が不変とすれば、仕事に従事できる人の数が減れば、当然、低下する。それを埋め合わせるためには、働く人の労働生産性の伸びを高めなければならない。
日本の働く人1時間当たりの労働生産性の伸び率は、平均的にみて、G7の国々の中で、決して圧倒的に低位な訳ではない。しかし、それだけでは一人がより長く働かないと経済全体でみた成長率の低下を防ぐことはできない。そして、経済全体が大きくならないこと、足元の為替レートで比較した生産性の水準そのものが先進国の中で見劣りすることなどを理由に、日本は何でも駄目なのだという悲観論が蔓延すると、景気の「気」はさらに悪化する。
2023年は、企業による設備投資が盛り上がった。これは、企業がリスクをとる姿勢を積極化させたことを意味している。マクロの成長率や米国ドルで評価した水準を気にして、リスクをとる姿勢を消極化させると、企業活動は一種の悪循環に入ってしまう可能性がある。
国内の人口は当面は減少していく。その中で企業活動を継続させていくためには、新しい需要分野へと経営のフォーカスを動かす、企業の集約によって固定費を節約する、お客様が増えていく海外の地域に目を転じる等々の対応をとる必要がある。いずれも生き残る企業にとっては投資の増加に繋がることだ。
2024年、マクロでみた日本経済の評価目線が、高齢化に伴い変わっていることを認識した上で、企業が目の前で起こっていることに挑戦し、その中長期的な生き残りを模索するとすれば、リスク・テイクを伴う投資はまだまだ出てくるはずだ。さて、どうなるだろうか。
論点3:地球環境制約
地球環境制約の問題については、先頃のCOP28会合にも表れているように感じるが、様々な努力は重ねられているが、結局、はかばかしい前進はなかったというのが2023年だったのではないだろうか。
そもそも、市場メカニズムで正確に評価できない外部不経済を、社会の知恵により経済活動に具体的に織り込もうというのがこの取り組みだという整理もできる。企業にとっても、社会にとっても、長期的には避けられない出費でも、短期的には費用の増加であることは間違いない。したがって、背に腹は変えられない的な話が少しでも出てくれば、すぐに取り組みは後退してしまう。
他方で、2023年、地球の北半球はとても暑い夏を経験した。日本では、12月に入っても最高気温が25度に達する夏日となる地域が本州であったほどだ。専門家は因果関係について色々なことを言っているが、生活実感としては温暖化が目の前の現実となっている。多くの市民が受け入れることのできるかたちで、この問題に取り組む必要性はさらに増している。
1年前、この点に関しては、「現在の企業や金融商品の評価のスタンダードは、なお短期的なリスク・リターンを重視するものだ。地球環境制約、さらにはSDGs全般を意識した、より長期の、かつ株主だけでなくより広いステークホールダーを視野に入れたものにはなっていない。まだスタンダードが確立はされていないが、新しい評価のかたちが整ってくれば、必ずしも即低成長ということにはならないかもしれない」と記述している。甘い判断だった。
2024年、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表した非財務情報開示の国際基準の第一弾が、国内基準として日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)から出される予定にある。そうしたことを契機として、将来の世代に少しでも良い地球環境を残せるよう、この分野では地道な努力をもっと積み重ねていかなければならない。
論点4:新しいパラダイム
冒頭で述べた通り、1年前には「随所に新しいパラダイムへの移行を感じさせる要素がある」と記した。思えば、これはコロナ禍の最悪期を過ぎたという感覚が生んだ一種の高揚であったのかもしれない。当然だが、2023年には新しいパラダイムへの移行がそう簡単でないことを思わせる事象もたくさん起こった。中東での紛争などはその典型だ。反対からみれば、楽観を支持する新しい証拠が乏しかった気がする。
それでも、例えば生成AIの拡がりなどは、新しい技術革新が社会を変えていくことを予感させる。インターネット、スマートフォンに代表されるこれまでの情報通信革命の主たる担い手は、みなプラットフォーマーと呼ばれる米国企業だ。彼らが牽引した第3次の産業革命がこれから「新しい次元に入るのであれば、第3次産業革命で勝者になり切れなかった日本企業のチャンスになる」、「新しいこれからの第4次産業革命は、高齢化社会の困り事解決の糸口になる」というのが去年の自分のビジョンであったが、それは今も変わっていない。
また、新しい世界経済のあり方に関連して、「日本の高度成長は東西冷戦構造の下で起こった。米国とソビエト連邦が厳しく対立していた時でも、西側諸国の景気が常に悪かった訳ではない」とコメントしている。台湾を巡る緊張は高まる方向だが、その中での日本経済の立つ瀬もまたあるだろう。
新しいパラダイムといっても、その全体像は引き続き五里霧中である。しかし、必ずしも「悲観的になり過ぎる必要はない」という思いは今でも同じである。2024年、最大の不確実性の1つは米国におけるトランプ2.0だろう。1年前、その可能性がこれほどに高くなるとは思わなかった。トランプ氏が大統領に再選されれば、色々なことが変わるだろう。だが、それもやはり悲観一色ではなく、対応に怠りなきを期せば、日本の立つ瀬はあり得る。
1年前、何故か、日本の金融・財政政策ついては何も書き残していない。なかなか明確なビジョンが持てなかったのだろう。この論点については、2023年に変化があった。新しい年に、また改めて触れることにしたい。2024年は甲辰の年。甲乙丙丁の最初の甲、そして天に登る龍の辰の組み合わせである。是非、良い年になってほしい。
トップ写真:品川駅の様子 イメージ(本文とは関係ありません)
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この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト
東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト
1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。
関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員。ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。