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.国際  投稿日:2016/1/8

[小泉悠]【シリア問題、米露の消極的連携なるか?】~特集「2016年を占う!」ロシア~


 

小泉悠(未来工学研究所客員研究員)

執筆記事blogWeb

2016年のロシア、特に対外関係における動向を考えた場合、鍵となるのはやはり中東情勢であろう。

なかでも、昨年12月にシリア内戦の終結に向けたロードマップが国連安全保障理事会で採択されたことは大きな影響を与えると考えられる。このロードマップに従って今月25日にはシリア政府と反体制派の交渉開始が予定されているほか、暫定政権の成立(6か月以内)、選挙(18か月以内)などが計画されている。このような見通しが楽観的あるいは性急すぎるという批判は当然存在するが、ともかくもこれを契機としてロシアは米国などと水面下での交渉を加速化させていると見られる。

米欧露が「大連合」を組んでISに対抗するというロシアの構想はトルコによるロシア空軍機撃墜で失敗に終わったかに見えるが、より消極的ながら、米欧露が互いの主張を認めて妥協するというのが2016年のおおまかな方向ではないだろうか。

たとえばロシアは2015年11月にウィーンで開催された多国間外相級会合の際、アサド大統領個人は退陣させるがアサド派を新政権に残すことは妨げないこと、国連決議に基づいてシリアにおけるロシア軍基地を存続させることなどを提案したとされる。おそらく、このあたりがロシアの提示する落とし所なのだろう。

さらにプーチン大統領は年末の記者会見で、シリアに展開させている軍事拠点を常設化することは「費用が掛かりすぎる。必要かどうか分からない」と述べ、基地の維持にはこだわらない可能性を示唆した。

 

サウジアラビアとイランの対立

先般から発生しているサウジアラビアとイランの対立については、二つの見方ができよう。

一面では、イランは中東におけるロシアのパートナーであり、シリア問題でもアサド政権擁護の先頭に立ってきたのが両国である。その一方、長年にわたる核開発問題が昨年の核合意によって妥結したことで、イランが中東の地域大国としての地位を取り戻し、ロシアの影響力が低下する恐れが出てきた。

また、イランの国際社会への復帰は、イラン産原油の流通による原油価格の更なる下落を招くとともに、将来的にはカスピ海や中央アジアの資源をイラン経由で輸出できるようになり、ロシアがバイパスされる可能性もある。

要するにロシアにとっては「弱いイラン」が好都合であったわけで、中東の混乱の中で影響力を拡大し、西側との関係改善も果たしつつある現在のイランは潜在的なリスクを抱える国と言える。この意味では、イランとサウジアラビアの対立はロシアにとって一定のメリットがあると言えなくもない。ロシアは両国の仲介を申し出ているが、事態のエスカレーションを抑制することにメリットはあっても、対立の継続自体は望むのではないか。

ただ、中東でこれだけの混乱が広がっても依然としてロシアの命綱である原油価格は下落傾向を続けている。最大の需要国であった中国経済の減速、シェールオイルの採掘コスト低下、シェアを奪われたくないサウジアラビアの減産拒否といった要因を考えるに、ロシア経済は当面、原油安の条件下で生き残りを図るほかないだろう。

このため、ロシア政府は各種歳出カットに乗り出しているが、最大の支出項目である社会福祉と第二位の国防費については、カットは容易ではない。前者は国民一般からの、後者は軍や軍需産業からの支持に直結するためである。ことに今年は下院選を控えており、プーチン政権としては尚更、不人気な政策は実行しにくい。

それでもロシア財政が昨年から一気に苦しくなっていることは事実で、今年からスタートする予定だった新たな軍備近代化計画(10年間で30兆ルーブル)は開始が2018年に繰り延べられた。

 

アジアでも変化の兆し

  北朝鮮が4度目の核実験を行ったことで、ここ数年蜜月が続いていた中露関係の動向が注目される。ロシアは以前から北朝鮮の核・弾道ミサイル開発が朝鮮半島における米国の軍事プレゼンスを増大させ、アジア太平洋でのミサイル防衛(MD)システム配備を加速させる結果になるとして強く反対してきた。

年末にロシアが公表した「国家安全保障戦略」ではアジア太平洋地域におけるMD配備に対して従来よりも強い懸念が打ち出されたばかりであり、実際に北朝鮮の核実験を受けた韓国が米国の「戦略的アセット」(THAAD弾道弾迎撃ミサイルを指す可能性がある)配備を求めている状況では、ロシアの懸念はより強いものとなろう。

安倍首相の訪露及びプーチン大統領の訪日が取りざたされる日露関係にも変化の兆しが期待できる。ロシアは北方領土におけるインフラ整備や軍事力近代化も並行して加速させており、領土問題の進展は今後とも容易ではないと思われるが、具体的な交渉の開始などはあり得るかもしれない。

中露関係については、ロシア側もウクライナ危機以降に進んだ過度の中国依存を懸念してはいる。ただし、これをどこまで脱せるかは米欧との関係完全に大きく依存しており、これには冒頭で述べた中東情勢、そしてウクライナ問題の推移が大きく影響することとなろう(ウクライナ問題については紙幅の関係で割愛)。


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