挑戦し敗れた後、自分を許せるか
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
以前、努力か才能かということで、炎上いたしましたが、分析をしてみると、これからまだ何かに挑もうとしている人、ないしは挑もうとしている人を意識している人には反感が強く、既にある程度挑んできた人、挑んできたこれまでをどう処理していいかわからない人には好感を持たれました。繰り返しになりますが、私の話は、どうにもならないこと(過去や他人であることが多いですが)をどう捉えればより自分の現在を健全に保てるかという工夫が多いようです。
これからチャンピオンになろうとしている人たちに対しては、誰でもチャンピオンになれるとまでは言い切れませんが、頑張ればそれなりに可能性があるという言い方をします。挑む時には多少確率を(意図的かどうかはともあれ)捻じ曲げて自分を勇気づけるものです。私もそうでした。そして勇気が出るのならそれでいいのだと思います。どうすればより成功できるだろうか。どういう考え方をすればモチベーションが湧いてくるだろうか。それが大事なので、山頂付近にいくまではいくらでも自分をだましていいのです。
ところが、それで無傷のまま山頂に行ける人は、私の知る限りほとんどいません。チャンピオンは一人だからチャンピオンであるわけで、他の人はいくら上まで行ってもそれなりに頂点に近い敗者です。私もそうです。こういう人が一通り山登りを終えて次に行こうとしている時に、ただすんなりと終わるわけにはなかなかいかないのです。うまく整理がいかないと、いつまでも心が成仏できず浮遊霊のようになってしまいます。
カルトにハマった人がマインドコントロールから抜ける際に4段階あるそうです。1段階目は拒絶、2段階目は疑い、3段階目は怒りと後悔です。話によると3段階目までは元に戻ってしまう可能性があるそうです。さて、4段階目はなんでしょうか。それは”あれはあれでよかったんだ”と自分を許せるようになった段階だそうです。人は何かに反応している間は、それを終えられていません。あれはあれでよかったという認識になることで、人はそれを終えて、未来に前向きになります。
一心不乱に挑みたい方は、そのままが一番いいと思います。一方で、実は薄々自分でも気づいている方もいらっしゃると思います。過去を変えることはできません。変えられるのは自分の見方だけです。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。