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.政治  投稿日:2016/3/9

熱狂の米大統領選、参院選に燃えぬ日本


山本みずきiRONNA特別編集長)

山本みずきの「モノ申してよかと?」

いま、アメリカの大統領選挙が世界的な盛り上がりをみせている。国家の指導者が決定される一大イベントとは言うものの、国全体がこれほど熱狂的になることは日本にない光景でもあり、改めてアメリカの凄みを感じている。

他方で国内に目を向けると、今夏は参議院選挙、しかも最近では衆参ダブル総選挙に関する憶測まで飛び交っているにも関わらず、巷の声はおとなしい。そもそも政治の話題が煙たがられる日本においては、高い関心を持っている人ほど静かに政局を見つめているのかもしれないが、そのために政治を考える契機を与えてくれる貴重な存在たるメディアが、その役割を果たしきれていないことは誠に残念である。

相次ぐ国会議員の失言にメディアのみならず予算委員会までが翻弄され、重箱の隅をつつくような答弁の様子が日常的になっている。本質からかけ離れた議論を政治に許す隙はどこから生まれるのだろうか。ふと書店を覗いたとき、イデオロギー商売とでも言いたくなるほど極端なタイトルの本が積み上げられているのをみて、その答えが見えた気がした。

政治とは人間に二面性があるのと同様に複雑でありながら、日本社会に画一的な思考様式を受容する態勢が整ってしまっていることが、結果として政治をも単純化させているのではなかろうか。人間が学ぶために利用するはずの教育や書籍、これらの多くに多角的な視点が欠如していることは明らかだが、不思議なことに、この様な社会環境が若者に悪影響を及ばさないか懸念する声はほとんど聞かれないのである。

若い世代の投票率の低さは兼ねてから指摘されてきた通り、政権交代をもたらした平成26年冬の衆議院選挙において20代の投票率は32.58%を記録し、最も高い60代の68.28%とは二倍以上の差をみせた。それに加えて、今年は18歳選挙権の施行にともない更に多くの青少年が政治に参画する権利を得ることから、「政治に関心を持とう!」というスローガンを掲げた活動が一層頻繁にみられるようになった。

しかしながら、政治が国民の判断に委ねられている民主主義国家において、人々が闇雲に政治に関心を持つのは同時に危険も孕む。日本社会は10代・20代の投票態度を嘆くより先に、若者に正しい判断能力を身につけさせる環境整備こそを急務として認識すべきではないのだろうか。

人は一つの信念に従うことによって、その価値から外れるもの一切を受け入れられなくなる。ただ一つの価値のみを盲信する人間の純粋さは、結果として過激化し、暴力を生む。なぜなら、その価値を信じることが正しいと思い込むことによって、価値から外れたものは「悪」と化すからである。

自らを支配する価値基準が物事の善悪を決めるのであり、そこに理屈は存在しない。そうした人間は本を読むことによって快感か不快感のどちらかを体験する。自分では知識を身につけ賢くなったかのように錯覚するのかもしれないが、これは一種の思考停止である。書店やネットでみかける過激な言葉はその典型例であり、日本では多くの人がこのイデオロギーという病におかされている。これでは物事の本質を見極めることができない、非常に危険な状態である。

イデオロギーに順応することは、心地がよく、考える必要がない故に単純な作業だ。しかし、自らの価値観を問い続け、柔軟に様々な基準を養うことによって初めて、社会に存在する複雑な事象を多角的に考察することが可能になるのである。

第三帝国およびヒトラー政権誕生の過程を振り返ると、国民が経済的・精神的に疲弊し、思考力が衰えた状態において、いかに容易に独裁者が誕生するのかがよく分かる。ヒトラーによって夥しい数の人命が奪われたことを知らない人はいないだろうが、これも元をたどれば人々の愚かな判断によってもたらされた。このような事例も含めて、歴史は繰り返され得る。だからこそ、国民一人一人が政治に関心を持ち、歴史から過ちを学び、正しい判断を下す努力をしなければならない。勿論判断を誤れば戦争を引き起こすかもしれないが、人間は平和をもたらす力も秘めているのだから。


この記事を書いた人
山本みずき

1995年生まれ。慶応大卒。現在、慶応大大学院法学研究科政治学専攻後期博士課程在籍。中曽根康弘世界平和研究所支援研究員。日本学術振興会特別研究員。研究対象は政治的急進主義とインテリジェンス。共編著に『国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ―藤井宏昭外交回想録』(吉田書店、2020年)。

山本みずき

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