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.政治  投稿日:2024/7/25

「石丸氏2位」が持つ意味とは(上)「選挙の夏」も多種多様 その3


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・「石丸ショック」は当分、尾を引きそう。

・この人なら日本の政治を変えてくれるかも知れない、などと期待する空気がネット空間に広まった。

・石丸氏の大善戦で、ネット世論の影響力と同時に、政治は一人ではできないという限界が明らかに。

 

「石丸ショック」はまだ当分、尾を引きそうだ。 

7日に投開票が行われた東京都知事選挙は、ご案内の通り小池百合子・現知事の3選という結果に終わったが、石丸伸二・前安芸高田市長が、小池都知事と一騎打ちになるのではと目されていた、蓮舫・元参議院議員を上回る投票を得たのである。

ここでひとつ、お断りを。「小池都知事」以外の候補者・関係者については、煩雑を避けるため、また落選したからには市井の人なので、肩書きは「以下略」とさせていただきたい。

まず蓮舫さんについてだが、こちらは本誌編集長が寄稿した記事にもあったように、負けるべくして負けたのだと思う。

無所属を名乗ってはいたが、立憲民主党の「推し」であったことは誰の目にも明らかで、その立憲民主党は首都圏で共産党と選挙協力していたという事情もあり、選挙運動において共産党が正面に出ている感さえあった。

これで票が逃げた、という批判的な評価に対しては、蓮舫さんも共産党もさかんに反論しているが、結果的に、自公政権に対する批判票の受け皿にはなり得なかったことは、争えない事実だと言えよう。この問題は、後でもう一度見る。

一方、小池都知事側はといえば、自公政権との関係性をほとんど明かさないという「ステルス選挙」を展開した。これでますます、対立軸が分かりにくくなってしまったことも、残念ながら事実であった。

とはいえ私見ながら、そのようになってしまった責任が、あげて蓮舫さんの陣営にあったとも考えにくい。

今さらながらではあるが、今次の選挙をめぐる報道を振り返ると、特定政党による「掲示板ジャック」など、政策論争以外の情報があまりに多く、有権者にとっては

「結局なにが問題なのか?」

と言いたくなるような選挙戦が展開されていたのである。

さらに言えば、今次の都知事選には歴代最多の56人が立候補していたが、

「300万円の供託金を払って、目立ちたいだけだろう」

と言いたくなる候補者も多く、これも毎度見慣れた光景であった。

この点、石丸氏は異彩を放ち、前述のような「毎度お騒がせの都知事選」に辟易していた層の票をかき集めた。その票数、1,658,363票。3位に甘んじた蓮舫さん(1,283,262票)に、37万5000票もの大差をつけたのである。

1982年、広島県安芸高田市生まれ。京都大学経済学部を卒業し、三菱UFJ銀行に入行し、為替アナリストとして米国各地での勤務も経験した。

2020年7月、当時の安芸高田市長が前年の参議院選挙をめぐって、現金を受け取っていたことが発覚し、引責辞任。これを受けて、市長選に当時の副市長が立候補を表明したが、東京で勤務していた石丸氏は、

「無投票で新市長が決まるのは好ましくない」

と考え、急遽、立候補を表明した。そして見事に当選。37歳の新市長が誕生したのである。

その後4年間にわたって、幾度となく議会と対立しながらも任期を全うしたが、その様子が動画サイトを通じて全国のネット民の目に触れることとなり、カリスマ的な人気を博すこととなった。

自身の演説中に居眠りをしていた議員を、恥を知れ、などと一喝したかと思えば、予算執行をめぐって

「市長は統計学をご存じですか」

と迫った議員に対しては、

「私の専門分野ですが……」

とユーモラスに切り返すなど、この人なら日本の政治を変えてくれるかも知れない、などと期待する空気が、ネット空間に広まっていったのである。

こうしたYouTubeの動画を収益化したり、ふるさと納税を大幅に増やすなどの実績も、たしかにあった。

そして、今年7月の任期満了にともなう市長選挙には出馬せず、東京都知事選挙に出馬することを表明したわけだが、メディア関係者も(恥ずかしながら私を含めて)、蓮舫さんを上回る票を獲得するとまでは予測していなかった。これがつまり「ショック」と呼ばれるゆえんである。

そもそも、選挙戦の中盤あたりから、なにやら雲行きが怪しかった。

既成政党とはコネもしがらみもないとして「完全無所属」を謳っていたが、その実、統一教会系の『世界日報』や「TOKYO自民超政経塾」の関係者が陣営に名を連ねていたことが明るみに出たのである。

これを受けて、それまで氏への投票を呼びかけていた著名なインフルエンサーが、

「これは個人的には完全にアウト」

などと掌返しをする一幕もあった。

それでもなんでも、165万票以上を集めたことは争えない事実で、これはやはり(失礼ながら蓮舫さんも含めて)、旧世代の政治家に対する批判票がそこまで多かったのだと考える他はなさそうだ。

つくづくネットの影響力を見せつけられた思いであったが、選挙が終わってみると、今度は多くのネット民が、盛大な掌返しをしたのである。このこともまた、ネット社会の一面なのであろうけれども。

まずは、7日に放送されたフジテレビの選挙特番で、アイドルユニット出身のタレントが、ゲスト出演していた石丸氏に、いささか要領を得ない質問をしたところ、

「大変申し訳ないのですけれど、前提の部分がまったく正しくないなという風に感じましたよ」

などと一蹴したが、これがまず「上から目線」などと叩かれた。録画を見て、たしかにこのタレントの質問がトンチンカンであったことは否めないように思えたのだが、石丸氏が日頃「尊敬している」と公言している橋下徹弁護士(元・大阪市長)に対する、慇懃な受け答えとの対比で、悪い印象を持たれてしまったのかも知れない。あとはおそらく、美人を攻撃する者に正義などない、と考える者は、この世で私一人ではない、ということだろう笑。

実際に石丸氏は、別の番組で、この時のやりとりについて問われ、

「女子供に容赦をする、っていうのは本当の優しさではない、と思っている」

などと発言し、今度はこれが、女性蔑視などとバッシングされた。時代劇でよく、

「女子供とて容赦はせぬ」

などという台詞があるが、石丸氏は、そういうことがよくない、と言っていたのだ。これはさすがに、叩く方がおかしいだろう。

いずれにせよ今次の都知事選における石丸氏の大善戦で、いわゆるネット世論の大いなる影響力と同時に、その限界が明らかになったように思う。

限界というのは、政治は一人ではできないという事実に、石丸氏自身も彼を支持したネット民も、ちゃんと気づいているのだろうか、と思わざるを得ないからだ。

実際、本稿の冒頭では、まだまだ尾を引きそうだと述べたが、一部の保守系メディアでは、一過性のブームに終わるのではないか、との観測が、早くも出はじめている。

次回、この問題をもう少し掘り下げつつ、英国の選挙においても、SNSやTikTokが大いなる混乱を引き起こしたことを紹介しよう。

トップ写真:東京都知事選挙に立候補した(左から)前広島県安芸高田市長の石丸信二氏、東京都知事の小池百合子氏、参議院議員の蓮舫氏、元航空自衛隊長の田母神俊雄氏が東京の日本記者クラブで共同記者会見に臨んだ(2024年6月19日)出典:Photo by Yuichi Yamazaki – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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