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.国際  投稿日:2016/5/6

前例あるトランプ候補の孤立主義 米大統領選クロニクルその10


                          古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

「アメリカは自国の市場を略奪する日本やドイツをなぜ防衛しようとするのか。国内の治安も守れないのに遠方の富裕な外国を守る必要はない」

「アメリカとの同盟を解消した日本は自主防衛で核武装するという見方もあるが、日本が核兵器を持ってもよいではないか。スターリンや毛沢東さえ核を握ったのだ」

さてこんな言明は共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏の言葉を思わせるだろう。

だが違うのだ。

トランプ氏は5月3日、いよいよ共和党の正式な指名候補となる見通しを固めるにいたった。インディアナ州の予備選でまた勝利を得て、同党の指名争いで第2位についていたテッド・クルーズ上院議員を撤退へと追い込んだからだ。第3位だったジョン・ケーシック氏も続いて撤退した。放言や暴言を重ねてきたトランプ氏がもし大統領になったらどうなるか、という命題を真剣に考えるべき事態になったともいえよう。

そこで注視されるのはトランプ候補の対外政策である。とくに日本にとってはトランプ氏が日米同盟の不平等を非難し、在日米軍の撤退や日本の核武装の容認なども語っている点は深刻な懸念の対象となる。その点で有力なカギとなるのはトランプ氏の4月27日の外交政策演説である。彼が外交政策らしい政見を正面から語ったのはこの演説が初めてなのだ。

トランプ氏はこの演説で「アメリカ・ファースト(第1)」の原則を強調した。対外政策ではまずアメリカの利益の最優先だというのだ。「まやかしのグローバリズム」には反対し、主権国家の利害こそを重視するべきだという。日本や西欧諸国などアメリカの同盟国にはより対等で平等な防衛負担を求めるともいう。アメリカにとって不公平な同盟関係であれば米軍の撤退をも辞さないと言明する。こうした言明をつないでいくと、どうしても孤立主義の影が広がる。アメリカの対外関与を縮めようという思考である。

だがこの思考はアメリカの国政では決して新しくはない。ちょうど25年ほど前にも共和党保守派の論客パット・ブキャナン氏が正面から唱えていた。やはり「アメリカ・ファースト」という標語が旗印だった。ブキャナン氏は1970年代から共和党のニクソン、フォード両大統領の補佐官として活躍した。1980年代のレーガン大統領の下でも特別補佐官として重用された。そして1991年には冒頭で紹介したような主張を表明していたのだ。

ブキャナン氏の政治標語には「アメリカよ、故郷に帰れ」という表現もあった。東西冷戦でソ連という強大な敵に勝ったアメリカはもうグローバルな軍事展開などを止めて、本国へ帰ってくるべきだ、という主張だった。国際関与を止めろという孤立主義でもあった。だから日米同盟とか米軍の日本駐留ももうやめてしまえ、というのだった。当時、乱暴な主張とされ、多数派の意見となることはなかったが、共和党超保守、民主党超リベラルの両方から賛同を得ていた。

そのブキャナン氏は1992年の大統領選予備選では共和党候補として現職のジョージ・H・ブッシュ大統領に挑戦した。同年2月のニューハンプシャー州での予備選で名乗りをあげて、ブッシュ大統領を脅かしたのだった。

このようにトランプ氏の唱える「アメリカ第1主義」や「孤立思考」はアメリカの戦後の国政でもすでに前例がある潮流の反映なのである。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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