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.経済  投稿日:2016/11/17

トランプ勝利でCOP会場にも動揺? COP22参戦記 その1


竹内純子(NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員)

「竹内純子の環境・エネルギー政策原論」

はるばる来たよ、マラケシュに・・(疲)。日本からロンドンを経由し、ほぼ丸一日かけて北アフリカのモロッコ、マラケシュに到着しました。11月7日から開催されているCOP22(第22回国連気候変動枠組み条約締約国会合)に参加するためです。COPは毎年2週間開催されますが、物事が動くのは主に会議終盤に入ってからなので、私はいつも後半の1週間に参加しています。

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▲写真:COP22会場前にて。日差しはやはりアフリカです。©竹内純子

 

今回のCOP22は、直前にパリ協定が発効したことを受けてまさに祝賀ムードでスタートしました。日本は批准手続きが間に合わず、この会議中に開催されるパリ協定の締約国会議にオブザーバー参加になってしまうことばかりが批判的・悲観的に報道されていました。

会議開催の前から申し上げていましたが、批准の遅れにより特に実質的なデメリットは生じていません。直前まで、オブザーバー参加の国の交渉団は、会議の際の席が正式に批准した国とは分けられるらしい、あるいは、国のネームプレートが色分けされるらしい、などいろいろな噂が飛び交っていました。しかし実際には全くそうした区別もなく、発言も問題なく認められるそうです。

どうせ批准するなら早いほうが良かったかもしれませんが、日本の存在感や貢献のあり方が批准の遅い早いで決まるかのような考え方は余りに短絡的であり、より実質的な貢献を考えるべきではないかと思います。日本での報道のされ方や一部専門家の方々のコメントには違和感を抱かずにはいられません。

さて、発効を祝う明るいムードでスタートした今年のCOPですが、米国大統領選挙の結果には衝撃が走りました。なぜなら、トランプ氏が大統領になり、同時に行われた議会選挙によって、上下院ともに共和党が多数を占めたことで、米国が積極的に温暖化に取り組むことは期待できなくなったからです。

トランプ氏は選挙期間中に「温暖化は、米国の製造業の競争力を弱めるために、中国などがでっち上げたもの」と公言し、温暖化そのものを否定する発言を繰り返しました。また、国内に産出する化石燃料資源を最大限活用し、原子力についても推進することで、エネルギー独立(エネルギー供給において、他国に依存しないこと)と雇用の確保、安価なエネルギー供給を確保するとしています。

余談となりますが、エネルギー資源にあれだけ恵まれた国が「エネルギー独立を目指す」ことを大きな目標に掲げているのに、エネルギー自給率わずか6%の日本でそのことに対する危機感をほとんど耳にしないというのはうすら寒い限りです。

トランプ氏はオバマ政権の環境・エネルギー政策を真っ向から否定している訳です。パリ協定に対しても否定的であり、「キャンセル」といった言葉も使われました。来年1月20日の就任と同時にパリ協定から引き上げるともうわさされており、国連温暖化対策プログラムへの資金拠出をゼロにし、その分を国民が必要とする「きれいな空気」「きれいな水」を供給する国内のインフラ投資に回すとも発言しています。

米国は大統領選挙が終われば現実路線に回帰するのが常であり、トランプ氏も経済や外交政策においては軌道修正の兆しも見えるようですが、気候変動政策についての軌道修正はあまり期待できないと私は考えています。その理由は、彼の支持層が気候変動に大きな問題意識を持っていないことです(下記図1参照)。ビジネスマンたるトランプ氏は、「顧客」である自分の支持層が関心を寄せていない課題について、政策的な優先順位は劣後させるであろうと思います。

▼図1 PEW RESEARCH CENTERによる調査

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共和党全体の公約(政策プラットフォーム Republican Platform 2016:選挙向けの政策綱領)も、気候変動には重きを置いていません。温暖化は科学的に不確実性が残っていること、そもそも米国人の負担するコストによって米国人がメリットを受けることが可能なのかわからないのであれば政策として採用すべきではないというのが共和党の基本スタンスなのです。

政権移行に動き出すなか、環境保護庁の担当トップには、気候変動問題に懐疑的・否定的であることで有名な方が据えられました。クリーンエネルギーの研究開発に対する連邦政府の支出をゼロにするとも発言しており、昨年のCOP21で設立された「ミッション・イノベーション」の行方も不透明になっています。オバマ政権の環境・エネルギー政策を踏襲するとしていたヒラリー・クリントン氏ではなく、トランプ氏が当選したことで、パリ協定発効の祝賀ムードが吹き飛んだのも当然でしょう。特に途上国は、米国が資金支援を引き揚げてしまうことに懸念を抱いています。

今のところ米国交渉団は淡々と会議に参加していますし、数日後にはケリー国務長官も現地入りするそうです。しかし、トランプ政権誕生後その運営に係るスタッフも大挙してやってくるとも言われており、新政権スタッフが見ている前で何をどれだけ発言できるのかとささやかれていますし、威勢の良いコメントをしても「話半分」程度にしか受け止められないでしょう。

COP3で京都議定書採択に向けて積極的なコメントを繰り返したものの、結局議会に諮ることもなく離脱してしまった米国の過去を、各国は忘れていません。(詳しい経緯は「【緊急提言】誤解だらけの気候変動問題-米国の削減目標に左右されるな-をご覧ください)これからの1週間でどのような議論が行われるのか、またレポートしたいと思います。

 

 

 


この記事を書いた人
竹内純子

NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員 21世紀政策研究所研究副主幹、産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会委員、アクセンチュア株式会社 シニア・アドバイザー(環境エネルギー問題)、経済産業省 水素・燃料電池戦略協議会委員、等。

慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力入社。水芭蕉で有名な尾瀬の自然保護に10年以上携わり、農林水産省生物多様性戦略検討会委員等を経験。その後、地球温暖化の国際交渉や環境・エネルギー政策への提言活動等に関与し、国連の気候変動枠組条約交渉にも参加。著書に、「みんなの自然をみんなで守る20のヒント」(山と渓谷社)、「誤解だらけの電力問題」(WEDGE出版)*第35回エネルギーフォーラム賞普及啓発賞受賞、「電力システム改革の検証」(共著・白桃書房)「まるわかり電力システム改革キーワード360」(共著・日本電気協会新聞部))など。

竹内純子

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