テロよりトランプ氏を危険視する朝日新聞
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
ドイツの首都ベルリンでの12月19日の大量殺傷事件はまたイスラム過激派によるテロ攻撃だった。イスラム・テロ組織のIS(イスラム国家)系が犯行声明を出したのだ。だがこの事件を報じる朝日新聞は奇妙にも、むしろ非難の矛先をテロ組織よりもアメリカのドナルド・トランプ次期大統領に向けるのだ。
ベルリンでは大型トラックがクリスマス行事でにぎわう群衆のなかに突入した。第一報では男女の市民ら19人が死に、48人が負傷した。明らかに故意の突入だった。ドイツのメルケル首相らもテロ事件だと断じて対抗措置を取り始めた。
ところが朝日新聞は12月20日夕刊では、テロ自体よりもアメリカの大統領選挙で当選したトランプ次期大統領が事実関係のまだ不明の段階でこの事件の犯行はイスラム派テロリストだと断じたのはけしからんとする記事を掲載した。この記事は次のような見出しだった。
「独の突入『イスラムのテロリスト』」「トランプ氏 根拠なく非難」
記事の前文と冒頭は以下のようだった。
「ベルリンのクリスマス市のトラック突入事件について、トランプ次期米大統領は、運転手の素性などが分かっていない段階にもかかわらず、過激派組織『イスラム国』(IS)と関連付けて非難した」
「トランプ氏は声明で、『ISや他のイスラム主義テロリストは、絶えずキリスト教徒を虐殺している』などと根拠なく断定した。さらに『これらのテロリストや世界のネットワークは、地球上から根絶されなければならない。自由を愛するパートナー国と我々は、この任務を遂行していく』と主張した」
朝日新聞はトランプ氏がベルリンでの事件をイスラムのテロだと断定しても、推定しても、けしからんと主張しているのだ。決定的な証拠がなければ、そんな決めつけをするなとして、非難の矛先はテロリストよりも、もっぱらトランプ氏に向けているのである。
だがこの大型トラックを人間の集まる場所に突入させるというテロ方式は今年7月にフランスのニースで起きた事件と同じだった。ニースでの犯行はイスラム過激派のテロ集団だった。トランプ氏の発言も犯人を100パーセント、ISだと決めつけているわけではなかった。この種のテロはこれまではイスラム過激派のキリスト教徒への犯行だと述べているだけの範囲だったといえる。だがそれでも朝日新聞はトランプ氏が今回のテロをイスラム過激派と結びつけることはけしからんと批判するのだった。
ところがその朝日新聞報道から24時間も経たないうちに、そのIS系のイスラム過激派組織「アマク通信」がベルリンでのテロに対する犯行声明を出した。被害の当事国のドイツ政府もその犯行声明を受け入れ、ISへの非難を表明した。トランプ氏の言はまさに正しかったわけだ。朝日新聞はトランプ氏の発言に対して、このテロはイスラム過激派の犯行ではないという立場をとったに等しかった。だがその立場はまったく間違っていたのである。
トランプ氏ももうアメリカの次期大統領と決まり、国際情勢のインテリジェンス・ブリーフィングをCIA(中央情報局)代表らから受ける立場にある。ベルリンでのテロについてもそうした情報機関からの秘密の情報をすでに得ていた可能性もある。いずれにしてもトランプ氏の言が正しく、それを非難した朝日新聞の主張は的外れだったことが判明したのだ。
だがそれでも朝日新聞はトランプ非難を止めない。翌12月21日夕刊の「素粒子」というコラムには以下のような記述が載っていた。
「ドイツで市民がトルコで大使が。『文明世界は考えを変えねば』とトランプ氏。テロは怖いが反目の旗振りも怖い」
つまりはこのコラムはテロと同じように、あるいはそれ以上にトランプ氏の言葉が怖い
と断じているのである。その「怖い」という表現がテロとトランプ氏と、同程度にぶつけられていることは歴然としている。暴力を行使し、実際に多数の人間を殺してしまうテロと、内容はどうあれ、単なる発言だけにすぎない「トランプ氏の言葉」と、その怖さが同じだというのだから、朝日新聞のこの認識はあまりにも病んでいると断じざるをえない。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。