安倍首相真珠湾訪問「現職初」大誤報
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
「安倍晋三首相が12月下旬に日本の現職首相として初めてハワイの真珠湾(パールハーバー)を訪れる」と、日本の各メディアが報じたのは12月6日だった。朝日新聞の同日付朝刊は第一面にその記事を載せ、「首相 真珠湾訪問へ」「今月27日 現職として初」という見出しをうたっていた。
ところがこの報道が誤報だった。真珠湾の日本軍の攻撃跡を初めて訪れる日本の現職首相は安倍晋三氏ではなかったのである。1951年(昭和26年)9月、ときの現職首相の吉田茂氏が真珠湾をすでに訪問していたのだ。
日本側のこの誤報は実はアメリカ側から最初に指摘された。日本側での発表から3日後の12月9日、ニューヨーク・タイムズが「日本の指導者(安倍首相)のパールハーバーは結局のところ、初めてではない」という見出しの記事を載せ、吉田首相の1951年の訪問の歴史的事実を報道したのだった。
この記事は吉田首相が1951年9月にサンフランシスコで開かれた対日講和条約調印の会議に出た後、ハワイのオアフ島に立ち寄り、第二次大戦で犠牲となったアメリカ側軍人たちを弔った国立墓地を公式に訪れて弔意を表し、その後に日本軍の攻撃で沈没したアメリカ海軍戦艦のアリゾナが沈む真珠湾をも訪問したという歴史的な事実を明記していた。
同記事はアメリカのAP通信が1951年9月13日発の報道で「吉田首相が昨日(9月12日)真珠湾を1941年12月7日(の日本軍攻撃)以来、初めての日本側の公式代表として訪れた」と伝えたことを指摘していた。
ニューヨーク・タイムズのこの記事はさらに1951年当時、読売新聞が吉田首相のパールハーバーのアメリカ海軍基地を訪問したと報道していたことにも言及していた。同記事は今回は発表元の日本外務省がそもそも「安倍首相が現職首相として初めて真珠湾を訪問」と言明していたことも伝え、この「現職初」が事実ではないらしいことが判明すると、外務省は「真珠湾のアリゾナ記念館を日本の現職首相として初めて訪れる」とか「日本の現職首相として初めてアメリカ大統領とともに」というふうに微妙に発表の表現を変えてきたことをも報道していた。
アリゾナ記念館が建てられたのは1962年だから安倍首相の訪問は現職首相として初めてとなるのは当然である。しかし最大の焦点は日本軍の攻撃対象となった場所や地点を日本の首相が訪れることの意義であり、その点ではあくまで吉田茂氏が初めての日本の現職首相だったことは動かないわけだ。
朝日新聞など日本側のメディアは12月9日にアメリカ側からの「日本の現職首相の初の真珠湾訪問」という記述が事実に反するとする報道が流れたにもかかわらず、そのままだった。しかし12月16日になって朝日新聞は初めて「真珠湾、吉田茂首相も」「『安倍首相が現職初』の報道」という事実上の訂正記事を載せた。吉田首相が実は真珠湾を訪れていた事実が「米海軍の公文書などからわかった」という記事の骨子だった。
いずれにしても、安倍首相の真珠湾訪問は決して日本の現職首相の初めての訪問ではないことは明確にされたということである。日本側の不正確な発表や報道がアメリカ側からの指摘で直されたわけだ。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。