[為末大]ムーブメントを拡大し、コミュニティを大きくする時に、一番難しいのは「元々いた人達」の扱い方〜「奪われた感覚」と「鬱陶しい感覚」のバランス
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
◆排他的コミュニティ◆
以前、とあるスポーツ好きばかり集まっている場で、にわかファンが随分と攻撃されていた事がある。「たかがその程度で、気持ちが足りない」などど言われて、結局その人はそのスポーツのコミュニティにあまり近寄らなくなってしまった。
実はムーブメントを拡大したり、コミュニティを大きくする時に、一番難しいのは「元々いた人達をどうするのか」という事ではないかと思う。もちろん広がってほしいと思う人もいる一方で、実は大きくなる事に抵抗している人もいる。
例えばマイナーな何かを見つけて、早くそこにコミットした人がそれを支えていくのだけれど、一方で「自分が支えてきた」という自負心が強くなり、人が増えると存在感が薄れるという恐れを抱いてしまう。結果として排他的になる事があるのではないか。
ある種の依存関係が、コミュニティと個人の間で出来上がると、そうなりがちに思う。幾つものコミュニティがある人は、一つに依存しない。ここしかないという人がそこに依存していて、それは、その人にとってとても大切なものだから話はそう簡単じゃない。
“私達の”ものだったはずが、新しい人達が入ってきて少しずつ“私達の”ものが変化していく。元々いた人達にとっては「奪われた感覚」で、新しく来た人達にとっては「鬱陶しい感覚」。広がる組織はなんとかバランスを取っているように見える。
水が澱めば濁って腐る。
◆緊張とのつきあい方◆
先日、日本酒を浴びている時にnewswebの方から取材を受けた。質問の内容は“緊張をしてしまう時にどうしたらいいか”についてだったので、その後いろいろと考えてしまった。確かに世の中には「これは失敗できない」という場面は幾つかある。
メカニズム的には自律神経やホルモンのバランスのような話だった気がするけれど、いくらそれを知っても実際には緊張は無くならない。むしろ知りたいのは、その扱い方だと思う。緊張したらどうすればいいのか、緊張しない為には。
人つ言えるのは、横軸が緊張、縦軸がパフォーマンスだとすると緊張は逆U字型になると言われている。緊張が低すぎても、高すぎてもパフォーマンスが低い。ちょうどいい所(人によって違う)の時が一番パフォーマンスが高い。
緊張には恐れが混じる。僕の場合は恐れは未来と他人から来ていた。もし失敗したらどうなってしまうのか、みんなどう言うだろうか。だから世間体を気にする人の緊張ほどややこしい。面子を失うかもしれない状況が緊張を生み、失いたくないという恐れがパフォーマンスを下げる。
外に想像を膨らませる事がよくなかったので、先の事を考えるのをやめた。他人との勝負なのだけれど、そこには直接執着せず、ひたすらに「今の自分でしかいられなんだ」という諦念観から出発した。今の自分にできる精一杯をやったらそれでいいじゃないかという気持ち。
緊張自体は問題ではなく、むしろ「良い事」なのだけれど、恐れだけが大きくなって守りに入る事がよくない。最後の最後に「なるようにしかならない」、「えいや!」と開き直る時にパフォーマンスがよかったように記憶している。
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