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.社会  投稿日:2017/3/9

急激に悪化する高野病院問題


上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

患者激減の高野病院

・財政状態も破たん寸前

・地域経済にも悪影響

 

人口急減する広野町

年末の高野英男院長の急死から2ヶ月が経った。人の噂も75日というが、メディアが高野病院を取り上げる回数もめっきり減った。では、高野病院の問題は解決されたのだろうか。勿論、そんなことはない。むしろ、事態は着実に悪化しているといっていい。

高野病院は福島第一原発の南22キロに存在する慢性期病院だ。1980年に高野英男氏が設立した。病床は内科65床、精神科53床で、毎日20名程度の外来患者や、数名の急患を引き受けていた東日本大震災以後も双葉郡内で診療を続けた唯一の病院である。

高野病院が抱える最大の問題は周辺人口が減少していることだ。現在、広野町で生活しているのは2949人(2月28日現在)。震災前の人口5418人から半減した。病院にとっての顧客である患者の数が激減したことになる。

我が国は医療費を抑制するため、診療報酬を下げ続けてきた。高齢化に伴い、患者の数が増えるので、その分、診療単価を下げるという理屈だ。確かに大都市圏では、この理屈は正しい。一方、広野町のような過疎地にこのルールを適用すれば、医療機関の経営は急速に悪化する。

では、医療機関は、どのようにして生き残りをはかるのだろうか。経営難への対応は、病院も民間企業も変わらない。コストカットだ。病院にとっての最大のコストは医師や看護師の人件費である。

 

■内部留保使いつくした高野病院

高野病院の場合、震災前2人いた常勤医は高野院長1人となった。高野院長は、新たな医師を雇用しなかった。病院の敷地内に住み、当直は月に10回を越えた。80代の彼にとって、体力の限界を超えていただろう。彼の急死は過労死である。

売上も増やさなければならなかった。高野院長は多くの患者を引き受けた。原発事故後、双葉郡から県外に避難した788人の精神病患者のうち、実に44人の入院を高野病院が引き受けていた。これは大病院も含め、福島県内で2位の実績だ。ただ、高野院長が、これだけ働いても病院の総収入は約6億円。震災前より1億円減少した。

一方、コストはあがった。医師不足の東北地方では、非常勤医を招くのに2泊3日の当直で30万円以上を支払う。原発事故後は、アルバイト料は値上がりし、非常勤医師に支払う年間の費用は震災前の約4500万円から約6000万円に増えた。

看護師も同様だ。診療報酬の施設基準を満足させるため、一定の看護師を確保しなければならなかった。年間に4500万円程度の補助金を受け取ったが、病院は毎年3000万円程度の赤字だった。

高野己保理事長は、「内部留保をほぼ使い尽くした」という。このままでは閉院するしかない。しかしながら、それも容易ではない。田舎の病院の土地や建物を転売することは難しい。病院が閉鎖されても税金はかかるし、建物を壊すには処理費用がかかる。

高野病院には10年以上入院している認知症患者や、住民票を病院に移している人までいる。彼らの転院先を探さなければならないが、どこも満床で、通常、数ヶ月を要する。その間、病院はスタッフを雇用しつづけなければならず、赤字を垂れ流す。地元の病院経営者は「閉院するまでに、さらに数億円の赤字になるでしょう」と言う。

 

■破たんは時間の問題

高野理事長は、福島県に病院の敷地・建物を寄附し、運営を委託しようとした。ところが、「福島県は高野病院を受け取る気はなかった(福島県関係者)」。なぜなら、一人で何役もこなしたオーナー院長が亡くなった以上、ますます赤字が増えるのは確実だからだ。財政難にあえぐ地方自治体にとって、巨額の赤字を垂れ流す病院は、厄介者以外の何物でもない。そのうち、高野病院サイドも寄附の意向を撤回した。福島県に頼っても仕方がないと覚悟を決めたのだろう。ただ、このままでは高野病院の破綻は時間の問題だ。

私には、経営者である高野一族だけで問題が解決出来るとは思えない。この問題が深刻なのは、高野病院が破綻した場合、被害を蒙るのが高野一族や彼らに資金を貸し付けている金融機関だけではないことだ。

高野病院には約100人の高齢者が入院している。彼らは路頭に迷う。多くの高齢者は認知症を抱え、しかも独居か高齢世帯だ。在宅医療・介護など不可能だ。認知症患者は、手間がかかる割に介護報酬は安い。更に疾病を抱えたら、介護施設が引き取る筈がない。厚労省は地域包括ケアシステムを整備し、在宅医療や介護を実現することを目標としている。机上の空論である。

 

地元経済にも悪影響

地元経済にも大きな影響を与える。広野町にとって高野病院は「一流企業」だ。震災前の歳入総額36億7242万円(08年度)の広野町に、6億円以上の「売上」をあげる高野病院の存在は大きい。100人のスタッフの約半数は看護師で、フルタイムの常勤の年収は約500万円だ。広野町の住民の平均所得は310万円(2015年度)。広野病院の看護師は、地元にとって高額所得者で、地域の経済を牽引する。病院が閉鎖されれば、彼らは他の地域に移動する。

実は、これは高野病院だけの問題ではない。東邦大学の日紫喜光良医師の推計によれば、我が国では病院(20床以上)の約9%が「オーナーによる一人院長」体制である。多くの院長は高齢だ。病院が存続するには、最低1名の常勤医がいなければならない。もし、院長が倒れれば、病院は頓死する。

高齢化が進むわが国の地方都市で、病院の存在が不可欠であることは言うまでもない。ところが、病院の基盤はかくの如く脆弱だ。どうすれば医療機関を維持できるか。情報を共有し、みなで知恵を出し合うしかない。

 


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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