深刻な東北地方と首都圏の医師不足 西日本から東日本への医師の移動が必要
上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
「上昌広と福島県浜通り便り」
【まとめ】
・各都道府県の医師数、東京を除き、圧倒的な西高東低。一方、福島県では東日本大震災以降、東京や西日本出身の医師が大勢働き始めた。
・東北地方の医療が連鎖崩壊しかねず、東北地方と首都圏の医師不足は表裏一体。
・西日本から東日本への医師の移動、海外からの医師の招聘、オンライン診療の活用、看護師への権限委譲など、総合的な対応が必要。
3月19日、厚労省は「令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」を公表した。2年に一度発表される医師数や勤務状況に関する公式統計だ。
本稿では、この統計を用い、福島県の医師不足について解説したい。
まずは、人口10万人あたりの医師数だ。福島県は218.7人で、全国平均262.1人の83.4%である。47都道府県中41番目で、埼玉県(180.2人)茨城県(202.0人)、千葉県(209.0人)、新潟県(212.8人)、岩手県(218.5人)に次いで少ない。
ちなみに、最も多いのは徳島県(335.7人)で、高知県(335.2人)、京都府(334.3人)、長崎県(327.6人)、東京都(324.6人)と続く。図1に各都道府県の医師数を示すが、東京都を除き、圧倒的な西高東低の状況にある。
▲図1 人口10万院当たりの医師数(医療ガバナンス研究所作成)
医師数が西高東低で偏在するのは、医学部が西日本に多いからだ。人口約370万人の四国には4つの医学部があるが、人口約4400万人の首都圏には19しかない。首都圏の人口あたりの医学部数は四国の約4割だ。
国公立大学に限定すれば、格差はさらに拡がる。四国の医学部は全て国立大学だが、首都圏の国公立大学は4つしかない。四国の12分の1となる。サラリーマンの子弟が医学部を目指す場合、首都圏と四国では全く難易度が違う。
地域の医師数は地域の医学部数と相関する。
図2は人口当たりの医学部定員数と医師数の関係を示すが、一目瞭然だ。
▲図2 2022年、人口10万人当たりの医師数と医学部定員数(医療ガバナンス研究所作成)
本稿では詳述しないが、この格差は西国雄藩が徳川幕府を倒した戊辰戦争の戦後処理などが関連しており、容易には解決しない。医師数、ノーベル賞受賞者から高校野球の強豪まで西高東低の形で偏在するのは、我が国の教育資源が西高東低の形で偏在するからだ。教育資源の偏在は、人材の偏在を再生産し、格差を固定する由々しき事態であるが、メディアは「東京一極集中」で思考停止してしまう。
話を戻そう。図2で注目すべきは、人口当たりの医学部定員数が同レベルでも、医師数には大きな差があることだ。例えば、東京都と岩手県、青森県、山形県の医学部定員に大きな差はないが、東京都の医師数は、岩手県、青森県、山形県の35%~49%ほど多い。これは、東北地方の大学を卒業した医師が、ネットで東京都に流入していることを意味する。
興味深いことに、関西圏ではこのような傾向は認められない。大阪の経済圏とされる近畿地方と徳島県において、医学部定員と医師数は綺麗に相関する。東北地方で顕著な医学部定員の割に医師数が少ないという現象は認められない。
九州で福岡県、熊本県、鹿児島県への集中、中国地方で岡山、広島への集中傾向が認められるが、東日本の東京一極集中ほど、極端なケースはない。東日本では、東京の医師数を充足するために、他の地域が「犠牲」になってきたという見方も可能だ。
図3は東日本と西日本を色分けしたものだ。東日本と西日本では状況が全く違い、東日本で東京が如何に特殊な状況かお分かりいただけるだろう。注意すべきは、西日本と比べた場合、これでも東京の医師数が決して多いわけではないことだ。これまでは、東日本で医師を養成しても、東京に吸い寄せられた。この状況で東北地方の医師不足を改善するのは難しい。
▲図3 2022年人口10万人当たりの医師数と医学部定員数(医療ガバナンス研究所作成)
では、福島の医師不足は、近年、改善しているのだろうか。図4をご覧いただきたい。福島県の医師数は、東日本大震災直後の2012年の調査で、10.2%の大幅減少となったが、その後は順調に増加している。特に2020年からは6.3%の大幅増だ。これは、福井県、高知県、和歌山県についで、全国で4番目に高い伸び率だ(図5)。
▲図4 福島県、人口10万人あたりの医療施設従事医師数の推移(医療ガバナンス研究所作成)
▲図5 人口10万人あたりの医療施設従事医師数2020年から2022年の差(医療ガバナンス研究所作成)
これは短期的な現象ではない。2010年と比べた増加率でも全国で18番目だ(図6)。東日本では静岡県、栃木県、秋田県、山梨県についで多い。東日本大震災の被災地の中ではトップである。東日本大震災の悪影響を克服しているといっていい。
▲図6 人口10万人当たりの医療施設従事医師数2012年から2022年の差(医療ガバナンス研究所作成)
福島県の医師増は、東日本の都道府県が強力に推進している医学部地域枠だけでは説明できない。福島県では、東日本大震災以降、東京や西日本出身の医師が大勢働き始めた。本稿では詳述しないが、福島県独自のこのような試みが功を奏しているのだろう。
ここで気になるのは、首都圏の医師が増えていないことだ。近年、その傾向は加速している。図7をご覧いただきたい。首都圏の一都三県で増加していないことが一目瞭然だ。一方、東北地方での医師の増加は顕著だ。これは、厚労省や有識者が「若い医師は地方を嫌がり、都会に住みたがる」と主張し、地域枠や専門医制度を通じて、若手医師の首都圏への流入を抑制してきたからだ。
▲図7 人口10万人当たりの医療施設従事医師数 2022年から2022年の差(医療ガバナンス研究所作成)
この結果、首都圏の医師不足は改善されていない。今後、この地域で団塊世代の高齢化が進み、医療需要は急増する。このままでは、首都圏の医療崩壊は避けられない。その場合、東北地方の医師が一斉に首都圏に移動することになる。東北地方の医療が連鎖崩壊しかねない。
かくの如く、東北地方と首都圏の医師不足は表裏一体だ。近年、福島の医師は着実に増加しているが、予断は許せない状況である。厚労省の医師確保対策は都道府県レベルで完結する。大学医局、日本医師会、医系技官の既得権に配慮しているのだろう。これではいけない。西日本から東日本への医師の移動、海外からの医師の招聘、オンライン診療の活用、看護師への権限委譲など、総合的な対応が必要である。
トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません)出典:Yoshiyoshi Hirokawa/GettyImages
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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長
1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。