無料会員募集中
.政治  投稿日:2017/6/25

海自ヘリ選定巡る下克上と内局 その2


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

防衛省は平成28年(2016)度予算概算要求において、調達コスト低減のために海自哨戒ヘリSH-60Kを17機と、同時に空自のこの救難ヘリUH-60J改を8機一括調達した。調達予算は両機種合計25機で1032億円。量産によって調達費用を約154億円、約10%の縮減できるとしている。

空自のUH-60J改だけみれば、要求金額は8機354億円となっており、調達単価は44.25億円である。海自のSH-60Kと同率の削減であるならば、当初の調達予定単価は約49.17億円となる。

機体の調達コストはまとめ買い効果の単価低減効果をいれても約45億円、当初目論見の約2倍だ。因みに計画当初にはこのようなまとめ買いは予定されていなかった。となれば救難ヘリのプログラム総額は約3,800~4,000億円に高騰、つまり二倍になる。

これはどう考えても空自は分かっていたはずだ。つまり三菱重工のUH-60を採用させるために分かっていながら過小にライフ・サイクル・コストを見積もっていたことなる。しかもこれを公平な競争入札であると公言しているのだ。空自には「竹居海幕長」がいなかった。

これが全くの新型機の開発であれば、予想がつきませんでしたという言い訳も可能だろう。だがこの機体はそれまでのUH-60Jのマイナーチェンジに過ぎない。因みに前のUH-60 J合計42機の調達合計金額は1678.3億円、調達単価は約40億円だ。工学的な常識からいえば、これに新装備を追加し、エンジンも強化したのだからそれよりも安くできるはずがない。空幕装備部が魔法を使えるならば話は別だが。

この件に関して筆者は2012年に名古屋でおこなわれた航空宇宙展での防衛セミナーにおいて、「航空防衛装備の現状と将来」と題して講演した空自装備部航空機課長、西谷浩一1佐(当時)に質問した。これに対して西谷1佐は「何とかする」と答えたが、5年たった今も「何とか」なっていない。

率直に申し上げて、空幕ぐるみの官製談合が疑われて然るべきだが、監察本部は何の調査も行わなかった。可能性としては空幕装備部が全くの無能の集団だった、または組織ぐるみで官製談合を行っていた。あるいはその両方の疑いがある。

エアバスヘリのならず、フランス政府が防衛省の入札に不信感をもったが、それも当然だろう。この件でエアバスヘリが防衛省に対して不信感を持ち、海自の汎用ヘリの商戦を降りたのも当然だろう。

話を戻すと、海自のUH-X 候補の中で最も有力なのは大型で、既に海自が運用しているMCH-101だ。次いで能力だけならばランプドアを有し、ペイロードも相応にあるNH90である。ただし、海自は運用していない機体である。しかも先述のように早々にメーカーが辞退している。そしてもっとも不利なのが60Kだった。

商戦は事実上MCH-101とSH-60Kの改良型の一騎打ちとなった。ところが仕様決定する段階で、SH-60Kに有利なように仕様が歪められてきたのだ。まず当初救難に関しては電子戦機EP-3の乗員15名全員を救助できることが要求されたが、これが60Kに有利なように12名に減らされている。だが下駄を履かせても60Kは実際の救難に役に立たない。

レスキューミッションでは担架や救命用のシステム、更に救難やメディック要員が搭乗する必要がある。当然ながら墜落機のクルーは怪我をしたり、冷たい海水に使って低温症などになったりしている。元気な人間を詰め込んで運ぶのとはわけが違う。その場合、60Kであれば救難できる人数は1~2名に過ぎない。

だが検討チームは、とりあえず遭難者はヘリに引き上げ、手当は艦に戻って行えば、12名を収容できるのでよいと主張した。だがそれは救急救命の現実と原則を無視した空論に過ぎない。現場で迅速に手当をしなければ、救えない命が多いのは言わずもがな、であろう。これは、遭難者は死ね、と言っているに等しい。「これでは救難ヘリではなく、死体運搬ヘリだ」と内局の高官は酷評する。それとも海上自衛官は手当をすれば死んでから生き返る生き物なのだろうか。

救難ヘリは荒れた海でも活動する必要がある。だがUH-Xの選定では救難時の海の荒れ具合を示すシー・ステートも6から2に下げられた。これまたシー・ステートが低い60Kに有利にするためだろう。

本来のこの新型ヘリは、ハンガーに余裕があり、全通甲板を持つDDH(ヘリ搭載護衛艦、事実上のヘリ空母)輸送艦から護衛艦などの艦艇に物資を輸送するのだから大型ヘリである方が有利だ。逆に大型ヘリなどの運用を見越したからこそDDHは「ヘリ空母」になったわけだ。そうでなければ以前の「しらね」級のように3機程度を収容できる通常の駆逐艦型のフネでもよく、より建造コストも抑えられたはずだ。

また当初はMCH-101のローター・ブレードが輸送できることも挙げられていた。これもランプドアを持たず、キャビンが狭い60Kには不可能だ。このためかこの要求は取り下げされていた。つまり輸送と救難のどちらの任務でもSH-60Kの派生型に利するように意図的に「改悪」されていたのだ。

本来ならば当初の平成26年3月10日の「海幕における要求性能の検討(要求性能の審議)」において、60Kベースの機体は候補からはずれて然るべきだった。だが、このような現実を無視した空想的な、60Kに有利なように仕様が書き換えられていた。

SH-60Kベースの機体は既存機ではなく、事実上の派生型の開発となる。SH-60Kの装備を下ろせば、汎用ヘリになるわけではなく、データバスなどのコンポーネントなども取り外す必要があり、大改造が必要となる。自衛隊の複数の将官OBはSH-60Kをベースにした機体は既存の機体とはいえないと断言する。

更に申せば、仕様を巡る検討チームの会議では60K改良型優位にするために、60Kのキャビンを拡大したものを開発すべきだという声も上がったという。であれば、尚更「既存機」からは遠ざかることになる。

例えるならば今回の汎用ヘリの調達は引っ越し会社がトラックの調達のようなものだ。当然ながらピアノや机などを運べるトラックが必要だ。ところが海幕の担当者は「安いから」と軽乗用車を最有力候補に選んだのだ。精々手持ちサイズのダンボールが運べるにすぎない軽乗用車が引っ越し会社の「トラック」に最適だろうか。子どもでもわかる話だろう。

平成27年の26日に武居海幕長は始めて仕様が「捻じ曲げられた」報告を寝耳に水で受けることになる。これは渡邊剛次郎防衛部長(当時)が適宜情報を海幕長にあげていなかったことが原因のようだ。これを受けて武居海幕長は60Kの編重を見直すように指導した。防衛省の「特別防衛監察の結果について」には、以下のような記載がある。

「取得経費が安価である小型の機種が有利となる旨の報告内容であったため、海幕長から平成23年の海上自衛隊会議で説明された運用構想との整合を図るよう指導を受けた。その際、海幕長は、海幕関係職員に対して『運用構想上は、例えばMCH-101等の大型機が必要とされていたのではなかったのか。』、『海自として少数機機種運用の負担の軽減など幅広く、防衛構想や海自航空機の防衛力整備にも目を向けた検討が必要である』などと発言した(前述報告書)。これは極めて正鵠を得た指摘、指導であろう。

そして、その後渡邉防衛部長は「海幕関係職員に対して、海上自衛隊会議において説明された運用構想等を踏まえ、今後の方針として、MCH-101の選定を優先することを説明し」、検討チームは「複数回の海幕内での課長級ミーティング及び海幕防衛部長への報告を経て、MCH-101を、選定されることが望ましい機種とし、要求性能の再整理を行った。

この時点までに、海幕防衛部長及び海幕関係職員は、平成27年3月18日の海幕防衛部長の指導により変更することとしていた救護・後送能力に係る要求性能が、比較的小型の機種であるSH-60Kでは第1段階評価(1項目でも要求を満たさなければ、除外する評価段階)を満たすことが困難と推定されるとの認識を得た(前記報告書)。

恐らくこの問題の原因は、海自内の航空集団の中の回転翼関機係者と、艦隊側の派閥抗争であろう。UH-Xは、艦隊側の運用要求で求められたものであり、いわばフネの備品的な要素を持っている。だが、海幕内の防衛部や装備計画部などの航空機関係者には当然ながら哨戒ヘリがメインの航空集団に属する人間が多い。

回転翼部隊で最も使われているのはSH-60の同型系型であるSH-60J、及びSH-60K、UH-60Jであり、次期対潜ヘリもSH-60Kをベースにした新型に決っている。つまり全部がSH-60 シリーズで統一されている。このため三菱重工に天下りの指定席も大きい。

回転翼部隊の関係者は「MCH-101はUH-60シリーズの約1.8倍のコストがかかるので、これを採用すると自分たちの対潜ヘリなどの予算が減る。艦隊の不便など知ったことではない。自分たちが使っているSH-60シリーズが安くて、天下り先の三菱重工にもいい顔ができていいだろう。」というのが本音だろう。当然ながらUH-60系のヘリの発注が増えれば天下り先の確保も安泰となる。

だが不適当な機体をUH-Xで選定すれば、海自全体の不利益となり、護衛艦に搭載された対潜ヘリの稼働率も下がるのだが、彼らは気にしていないようだ。つまりは了見の狭い縄張り根性だ。自分たちのムラのためならば、本来必要な装備調達を歪め、海自を弱体化し、救難活動で救える命を殺しても構わない、というのだろう。

だが今回三菱重工が関与した可能性は低いと多くの関係者は語る。それは既に80機以上と見られる次期対潜ヘリはSH-60Kの皆良型で決定しており、相応の仕事量は既に確保されている。僅か15機の調達を増やすために、危ない橋をわたる可能性は低いというのだ。そもそも三菱重工は天下りしたOBに現場仕事をさせない風土が強い。現場に口だしされるよりもゴルフでもして遊んでいたくれた方がありがたい、というのが本音だろう。

だが、海自のヘリ関係の幹部の天下り先として同社は大きな存在であり、既に同社に天下っているOBと現役幹部が天下り先の確保のために動いた可能性は否定できない。

*トップ写真:MCH101 回転翼機/出典:海上自衛隊

その3につづく)


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."